口腔と全身
Part 1
病巣感染と慢性免疫病
ー木を見て森も見る医療の実践ー
堀田 修:腎臓内科学・医学博士・日本腎臓学会評議員
腎臓病、膠原病、関節炎などの慢性免疫病に対する治療の大半は「木を見て森を見ず」としばしば邦楡されるように、対症療法に終始している。これでは症状の緩和は得られても、患者を疾患から解放するような根本治療にはつながらない。
慢性免疫病の根本治療につながる概念の一つが病巣感染症である。
病巣感染とはからだのどこかに限局した慢性感染があって、それ自体は無症状かわずかな症状しか出さなくとも、遠隔の臓器に反応性の器質的な病変や機能的な異常を生じる病態である。
多くの慢性疾患の根底に扁桃炎、齲歯(むし歯)などの病巣感染(focal infection)が関係していることが20世紀初頭に提唱され、一時期、欧米では大きな注目を集め、活発な議論が交わされた。
心疾患、腎疾患、胆のう炎、消化性潰瘍などの内臓疾患から関節炎、皮膚炎、神経疾患に至る広範な疾患に病巣感染症の概念があてはまると考えられていた。
実際、当時の記録によれば1920年〜1930年にボストンの大きな、ある教育病院に入院した患者の半数は病巣感染治療の結果、無歯の状態であったと記載されている。
しかし、免疫学が未熟であっ た当時は抗原に感作されたリンパ球が遠隔臓器で細胞障害を惹起するという概念はなく、病巣感染の原因となった細菌あるいは細菌の毒素が遠隔臓器で直接病原性を発揮すると考えられていた。
しかし、病巣感染症はあまりに壮大な概念であり、この仮説を証明する目的で膨大な実験が行われたが、残念ながら万人が納得する域には達しなかった。
また、この概念に異を唱える研究者も多く、結局は1940年代の抗生剤治療の普及とともに医学の表舞台から姿を消し、欧米においては病巣感染症という概念は医学教育の現場からも半世紀余にわたり忘れ去られ今日に至っている。
一方、日本では扁桃に関心を持つ耳鼻科医を中心に、欧米では病巣感染の概念がすたれた20世紀後半以降も地道な研究が続けられ、掌蹠膿疱症などを扁桃病巣疾患ととらえ扁桃摘出術(扁摘)が行われてきた。
この背景には物事をより分析的な視点で見ることを得意とする欧米人と、どちらかというと伝統的に包括的な視点で物事を見る日本人との民族的な特性の違いも関与しているのだろう。
IgA腎症は慢性腎臓病を代表する、透析導入の原因としては2番目に多い疾患である。
最近までIgA腎疾は生涯治ることのない不治の腎臓病と考えられてきた。同疾患の臨床的特徴は咽頭炎を機に血尿が悪化することである。
また、末期腎不全に陥って腎移植した場合は約半数が再発し、その一方でIgA腎疾の腎臓をほかの原因で腎不全になった患者に移植するとIgA腎疾が治ってしまうことが知られている。
すなわちIgA腎疾の根本的な原因は腎臓そのものではなく腎臓外にあることが示唆され、咽頭にその根本原因が潜むことは容易に想定される。
私の勤務する仙台社会保険病院腎臓疾患臨床研究センターは腎疾患患者を診る施設としては国内最大規模で、腎生検数は年間400例余である。
このうちの約3割がIgA腎疾である。
日々の診療を通じて、多くのIgA腎疾患者の扁桃に小さな膿点があることに気づいた私は1988年にIgA腎症に対し扁摘・ステロイドパルス併用療法を考案し、開始した。
IgA腎疾の抗原刺激の根源である感染病巣となっている扁桃を取り除き、ステロイドパルスによりメモリーリンパ球をアポトーシスさせ免疫系をリセットする治療である。
これまでに約1500例のIgA腎疾患者に同治療を行い、腎疾の初期の段階に治療介入を行えば高率に寛解・治癒が得られることが今では明らかになっている。
公表されてしばらくの間、同治療は学会から批判的な扱いを受け続けたが、時がたつにつれてその劇的な効果を多くの臨床医が実感する機会が増え、また寛解・治癒を望む患者さん達の厚い支持を受け、今日、扁摘・ステロイドパルス併用療法は全国に普及し、わが国においてIgA腎症の標準的な治療の一翼を担っている。
扁摘・ステロイドパルス併用療法により早期の段階であれば80%以上で寛解が得られるが血尿の残存例、再発例を一部に認める。
このような症例は扁桃以外にも病巣感染が存在することが多く、中でも重要なものは鼻咽腔炎と歯科領域の慢性炎症である。
実際、根尖性歯周炎を治療して再度寛解がえられたIgA腎症の症例をこれまでに経験している。
IgA腎症などの病巣感染に伴う慢性免疫病の治療介入の視点で俯瞰すると、医科と歯科に分断された現在の医療体制の限界を感じずにはいられない。
慢性免疫病の病態を評価するうえでは医師の視点が必要であるが、病巣感染の治療の実際には歯科医の関与がしばしば不可欠である。
すなわち、医科と歯科の共同作業のうえに慢性免疫病に対する有効な治療介入は生まれる。
しかしながら医科と歯科の間に横たわる高い壁は病巣感染症の有効治療はおろか、医師あるいは歯科医が病巣感染という概念そのものを学習する機会の妨げになっている。
このような現状において、この度、歯科領域の病巣感染症学の祖というべきプライス博士の業績をまとめたマイニー博士の『虫歯から始まる全身の病気一隠されてきた歯原病の実態ー』がNPO法人恒志会の皆さんのご尽力により出版に至ったことは大変に意義深い。
この本に記載されている実験から得られた知見の数々は一世紀近い年月を経た今日でも未だ色褪せることなく、新鮮な示唆を読者に与えてくれる。
同書が慢性免疫病治療における医科と歯科の架け橋になることを期待している。
2006 恒志会会報 Vol.3 より
医科と連携した混合感染(歯性病巣感染を含む)が
関与する全身疾患を考える
杉本 叡:歯科医師 大阪府柏原市開業
歯科医療において様々な事が出現している現在、我々歯科医師や歯科ファミリーが考える事が必要になってきています。
これは間違ってはいないけれども正しくない歯科医療が行われている事実があるからです。これは10年前又は5年前には、正しい歯科医療であると言われていた事が現在では、正しくない歯科医療であるという事です。
ではこの中で、現在歯科医療に使用される材料、薬品を考えてみましょう。
補綴、充填等に使用する、パラジューム、金、銀、銅、白金、チタン、アマルガム、コンポジット等があります。これらは人体にとって良い物ですか?これらを使用する事により身体に異常を起こしている患者が多く見られます。これも科学が進歩すれば判定できる事でしょう。
歯内治療においても同じ事があります。①根管内貼薬 ②根管充填時に使用するシーラー、この2つの事により身体に異常を起こしている患者が多く見られます。我々は1975年に米国歯内療法学会にふれ、そして1980年に正会員になりました。その当時はこれらの薬品、材料を使用していました。
その時に我々の歯内治療の先生であるDr.ウォーレン.T.ワカイからの提案で、このままでは世界の歯内治療は身体に良くないという事で、歯内治療の治癒を考えました。そこで問題になったのが、セメント質による根尖、側枝、アクセサリーキャナルの閉鎖でした。
これを確立するための診断を行い、治療を行う事により様々な事を行いました。
そして確立し今現在若い先生及びこれらを知りたい先生に対して実習を行っています。私からの質問です。
①歯髄の保存と抜髄の診断?
②根管長測定は何を基準に?
③作業長は何を基準に?
①根管形成の太さは何を基準に?
⑤根管内洗浄はいかに?
⑥根管充填材は何を使用か?
⑦免疫(反射)機能を利用した根管治療を行っていますか?現在、歯内治療の不備により歯性(歯原吐)感染が生じています。これを正しく理解し正しく治療する事が21世紀の歯科医療の一部と考えます。
健康破綻は口から始まる
奥田克爾:東京歯科大学 名誉教授
1. 歯周病を全身疾患として捉えなければならない
歯周病は、有史以来最も多い感染症であることがギネスブックに書かれている。
細菌の存在が知られてもいなかった紀元前に医聖ヒポクラテスは、歯周病があると全身の健康が害されることを知り、スケーラーを開発して歯周治療を行なうと健康が回復することを実証し、多くの弟子にオーラルヘルスの重要性を説いていた。
Weston Priceは、100年前から著名な医師達との共同研究を開始して、4,000羽ものウサギを使って口腔慢性感染症が一次病巣で、二次病変として腎炎、関節炎、皮膚炎などに関与しているということを「DENTAL INFECTIONS: Oral and Systemic」と「DENTAL INFECTIONS: The Degenerative Diseases」の2冊の本にまとめて発表している。
歯周病を中心とした口腔内慢性感染症が、アレルギーの誘発、メタボリック・シンドロームヘの関与、妊娠トラブルの原因、さらにはインフルエンザでの死亡率を高めることなどを記載している。
図1には、歯周病など口腔内慢性感染症が全身性疾患との関連することを纏めて示した。
疫学研究によって歯周病患者は、歯周病のないグループに比べ循環障害が多いことが明らかにされ、血中コレステロール値が高く、虚血性疾患などが多いことが示された。歯周病と全身性疾患との関係についての情報が増え、それらを客観性のあるものとして捉えるために多くのランダム化比較試験(RCT)のメタ解析がなされ、卓越したシステマティックレビューによって歯周病を全身疾患として捉える歯周医学(Periodontal medicine)領域が築かれている。
図2に歯周病は多因子性疾患であることを、筆者が米国留学時代大学院生であったGrossiら1)の歯周病のリスク因子として( )内にオッズ比を入れて示した。彼女らは、2)糖尿病が歯周病のリスク因子であるだけでなく、歯周治療によって糖尿病患者の血糖値を低下させることなどを発表している。
我が国において、糖尿病が強く疑われる人は950万人、糖尿病の可能性が否定できない人は1,100万人であるという厚生労働省の2011年調査がある。
日本歯周病学会は「糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン」を2009年に発表し2014年に改訂版を発行している。3)
国内外のランダム化比較試験を含む信頼性の高い研究論文を解析して、そのエビデンスレベルも記載されている。
歯科医療に従事することで、国民の口腔保健の向上および全身の健康維持に寄与するために必要な指針である。
糖尿病が高血圧などで投薬を受けている患者に対してどのように歯周治療にあたり、サポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)を組み込むかについての指針も書かれている。
2. 歯科医師の役割に臨床検査がある
歯周病は、多くの臓器の機能に悪影響を及ぼし、メタボリックシンドロームの引き金にもなる。
動脈硬化の新しいバイオマーカーの一つに歯周病もあげられる。 4,5,6)
図3には、どのように歯周病が動脈硬化に関わるかについて図示した。
高血圧と動脈硬化はともに生活習慣に左右され、高血圧があると動脈硬化になりやすく、動脈硬化があると高血圧になりやすい。
多因子性疾患である歯周病のリスク因子を知っておかなければ、信頼される歯周治療は出来ない。
そのため、内科などで治療中の患者については、全身状態を問診だけで知ることは出来ないが、臨床結果データがある場合にはインターネットで知らせてもらうことを怠ってはならない。
しかしながら、糖尿病などの患者でそのデータが無い場合には、歯科医師として血液検査などを行う必要がある。
現在、採取血液を検査センターに送付すれば、検査結果の詳細をインターネットで速やかに知らせてくれるようになっている。我が国の高齢者や易感染性宿主の増加に伴って、信頼医療の基本は患者の全身状況を把握することによってなされなければならない。
10年前に某大学の名誉教授に依頼されて、糖尿病患者が抜歯後に敗血症となり、臓器不全で亡くなった68歳男性の家族から「抜歯に伴って抗菌薬を投与しなかった」ことの医療訴訟があり弁護士から相談を受けた。
送られてきた300ページの資料を調べた。
抜歯3日後の体の炎症程度などを示すC-反応性タンパク質(CRP)の値が25mg/dlであったことを知った。
健常人のCRP値は0.3mg/dl以下で、15mg/dl以上は死に至る重篤な疾患があるとされる、それを遥かに超えていた。
CRPの上昇は、歯周病のリスクでもある。7)
糖尿病がある患者でCRP上昇を知っておれば、歯周病局所の抗菌剤での洗浄を続けながら医科との連携でCRP上昇が口腔以外に存在すれば見届けて治療して、CRP低下まで待つべきであった。
抜歯時における抗菌薬投与が無かったら訴えられた以前といえる「患者の全身状況を把握できなかった」責任問題であった。
頸動脈内壁プラーク形成は、歯周病の進行に関与することも報告されている。
筆者が35年来付き合いを続けている、カロリンスカ大学のSoder Per-OstenとSoder Birgitta 夫妻は共に歯周病学の教授で、Birgittaは歯科衛生士としてはじめてのカロリンスカ大学教授である。
彼らは循環器の医師達との連携で、心筋梗塞、脳梗塞のリスク因子として、不衛生な口腔状態や歯周病があることを医学雑誌に発表し、添付ファイルでそれらを送ってくれている。 8,9)
歯科医師はストロークの原因になる頸動脈プラーク形成の検査が出来ないとしても、可能な限り情報を知ることが要求され、場合によってはその専門医への検査を依頼し、その結果を把握しなくてはならない。
余談ながら、筆者は長年歯科衛生上が特別養護ホームの要介護者などに対する口腔ケアは誤嚥性肺炎やインフルエンザ予防に繋がることを、国際雑誌での論文発表を支援してきた。
そのリーダーの歯科衛生士を2007年カナダで開催された第17回歯科衛生国際シンポジウムに、サンスター歯科保健振興財団が設立した「歯科衛生士賞」に推薦した。 10)
賞を獲得したのは、「多量のプラーク沈着と重度な歯肉炎症のある女性の動脈硬化症進展のリスク」を論文11)にしたSoder Birgitta 博士であった。
筆者が推薦した歯科衛生士が賞金5,000ドルを獲得したら五つ星レストランに招待してもらうことが幻となってしまった。
ついでながら、筆者は歯科大学退職後薬学部数授を務めた。
薬学部の講義内容や国家試験問題を調べたところ、薬物投与と臨床検査データの関連性についての内容が極めて多いことに気付かされた。
薬剤師だけでなく看護師、医学療法士の国家試験には、心電図についての問題が出されている。
筆者が驚いたことは、5年前まで心電図の基本的なことに関して歯科医師国家試験出題基準になかったことである。
母校の学長、歯科医学教育学会会長らに「出題基準に基本的な心電図」を加えて下さいと手紙を出した。
その後、漸くして認められた。
一般の歯科診療所で心電図検査は簡単ではない。
しかしながら、医科との連携をさらに密にして、それらの基本的な状況を知っておかなければならない。
我が国を含む各国のランダム化比較試験(RCT)で、高い血糖値が歯周治療で改善するということが明らかにされている。「歯科医院で血を抜かれた」との批判や「保険制度では認められない」状況は、医療とは何かの原点を、逸脱するものであろう。
ヒポクラテスは、「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、傷害となる治療法を決して選択しないこと」と説いていた。
歯周治療は、全身状況を血液検査などで把握した上で口腔検査を実施すべきである。
もちろん、これらの検査は保険でカバーされるものでなければならない。
3. モンスターバイオフィルム細菌軍団を知る
私たちの身体に棲みついている細菌は、1,000種類を超え菌数は100兆にも達する。
口腔内細菌は、細胞壁の外側にぬるぬるした糊状のグリコカリックスと言われる菌体外多糖体(EPS)を合成してバイオフィルムとなり縄張りを築いて棲みついている。
いったん集団になって棲みつくと、生体の免疫学的防御機構に抵抗し、薬剤耐性で抗菌薬療法が卓効することも少ないことなどから、「バイオフィルム感染症」という新しい病態を確立する。
デンタルプラークは、暗殺者にもなる恐怖のバイオフィルム細菌集団である。
したがって、細菌塊であるバイオフィルム、デンタルプラークを実態を表さない歯垢と呼ぶべきでないことを強調しておく。
デンタルプラーク細菌は、歯面や歯周組織に付着する高い能力を有する。
また、さまざまな種類の細菌と共凝集することによっても大きな細菌塊になることができる。
さらにデンタルプラーク細菌には、QSシグナルでコミュニケーションを取りながらスクラムを組んだバイオフィルム集団となる。
単細胞でありながらバイオフィルムになることによって多細胞生物のように振る舞うモンスターといえる。
QSシグナルは、低分子であり菌体内外を自由に移動することができ、菌種を超えてコミュニケーションをとって複数菌種から構成されるバイオフィルム集団を築いてしまう。
生体に形成されるバイオフィルムはEPSで覆われているため、マクロファージの貪食など自然免疫作用に抵抗するし、獲得免疫も起きてこない。さらに、抗菌薬や消毒薬が浸透しにくいため難治性の元凶となる。
図4には、デンタルバイオフィルム形成過程を示した。レンサ球菌群がペリクルに付着し、さらに複数の細菌種が共凝集し、QSシグナルでコミュニケーションを取りながら縄張りのバイオフィルムを作る様子を表した。
4. 善玉菌はデンタルバイオフィルムで優勢になれるか
デンタルバイオフィルム細菌には、ライフスタイルに影響を受けるものがある。
スクロースの頻繁な摂取は、ミュータンス菌群の歯面への付着とそのバイオフィルム形成を促して齲蝕を誘発する。
喫煙習慣は、歯肉組織の循環障害、免疫担当細胞傷害などをもたらし宿主免疫防御機能を低下させて歯周病原細菌を増加させ、歯周病の発症と進行をもたらす。
当然ながら、口腔清掃習慣の欠落している場合はデンタルバイオフィルム細菌全体が増加する。
プロバイオティクスは、腸管内などに良い影響を与える微生物、または、それらの善玉菌の増加をもたらす食品を取ることである。腸管内に免疫機能を高めるフローラを築いて感染症、アレルギー、がんの予防などに繋げるとして脚光を浴びている。
ブルガリア菌、乳酸菌(LG21株、1073R-1株、LC1株、SL1株)、ラクトバチルス・カゼイ(シロタ株)、ラクトバチルス・ロイテリ菌(ATCC 55730株)、ビフィズス菌(LGG菌、BE80株)、ガセリ菌(SP株)、ビフィズス菌(LKM512株)などがヨーグルトや乳酸飲料あるいは錠剤として広く使われる。
善玉菌を消化管に増加させ腸内フローラ構成を健康的に維持する目的で、ガラクトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、大豆オリゴ糖、乳果オリゴ糖、コーヒー豆にあるマンノオリゴ糖、ラフィノース、グルコン酸などや食物繊維のポリデキストロース、イヌリンなどがプレバイオティクスとしての要件を満たす食品摂取が勧められている。
乳酸悍菌を飲み続けることによる子どものピロリ菌の感染を抑制し、ピロリ菌の除菌できることが報告され、そのメタアナリシスで乳酸菌によるピロリ菌の除菌効果が評価されているだけでなく、善玉菌による腸管内細菌環境が健康に役立っていることも示されている。 12,13)
2009年㈱ヤクルト主催の腸内フローラシンポジウム18に招待され、14) 講演をした際、「乳酸菌に腸管内に定着できる遺伝子を挿入する戦略を組むべきでないかと」と質問した。
その回答は、「一回飲んでラクトバチルス・カゼイ(シロタ株)が定着すれば誰もヤクルトを毎日飲む必要がなくなりヤクルトは倒産します」であった。
現在の遺伝子組み換え技術を駆使しても、ヒトの腸管に定着させる善玉乳酸菌を生み出すことは難しいと考えている。
そしてまた、プロバイオティクスによる健康推進は高く評価されているものの全ての使用者の安全性が確保されている訳ではない。 15)
口腔内に善玉菌を優勢にさせるプロバイオティクス戦略は、齲蝕原性や歯周病原性細菌を制御することによって、口腔慢性感染症や口臭、カンジダ症などを予防しようとするものである。
乳酸菌を用いて齲蝕原性細菌、歯周病原細菌を攻撃するin vitro の研究成果が発表され、16,17) そのRCT試験も始まっている。 18,19,20)
さらに、無歯顎者のインプラント治療後にLactobacillus reuteriを含む錠剤を毎日一ケ月間使用するとインプラント周囲炎が、プラセボグループに比べ少ないことが示された。 21)
朝食に納豆菌いっぱいの口腔であっても、昼食時には口腔内から検出されない。ヨーグルト菌も同様のことが言える。
口腔内細菌叢で出来上がっている縄張りには、簡単に他の細菌が入り込めない。
例えば、齲蝕病原性Streptococcus mutansはヒトの口腔内固有の細菌で、齧歯類などからは見つからない。
筆者はカナダの共同研究者と一緒にPorphyromonas gingivalisはヒトの口腔内からしか見つからないことを示した。
すなわち、イヌ、オオカミから見つかるP.gingivalisに類似した細菌は別の菌種であることを明らかにしてProphyromonas gulaeと命名した。 22)
さらに、内科の入院患者20名から糞便と歯周局所からのプラークサンプルを戴き血液平板上で黒色となる細菌種について調べた。(現在は研究者の関心だけでサンプル採取は出来なくなっているし、当時でも研究目的での血液採取は不可能であった)
糞便からは口腔に検出されるPrevotella intermediaに類似する血液平板上で黒色となる細菌が見つかったものの、P.intermediaとは異なる菌種であることを発表した。 23)
そのような研究発表時から、口腔内に善玉菌を優位にする戦略は容易でないと考えている。
in vitro の実験結果は、in vivo に当てはまらないことが多い。
プロバイテックスによる口腔の健康推進のEBMに繋がる研究はその緒についたばかりと言えよう。
5. 抗菌薬療法と抗菌性洗口液の活用
日本歯周病学会は、国民の多様なニーズに呼応した良質な歯周病予防・治療の提供が求められているという背景をもとに、2010年「歯周病患者における抗菌療法の指針」24) を発行しているし、2014年の日本歯周病学会雑誌にも卓越した解説が掲載されている。 25)
筆者の30年来の共同研究者であったSlotsは、ランダム化比較試験(RCT)を含む387編の文献を検索したシステマティックレビューで、歯周炎に対してSRPなどに加えての抗菌療法が低コストで治療効果の高い利点をあげている。 26)
筆者は、抗菌薬療法を歯周治療に組み込むには、「SRPやPMTCを凌駕するデンタルバイオフィルム駆逐戦略はない」の基本を遵守すべきであることについて、2013年歯界展望27) で解説した。
次いで、2015年6月号の歯界展望で「デンタルバイオフィルムとのバトルに抗菌性洗口液を活用する」を下記の概要で発表させてもらった。 28)口腔内バイオフィルム細菌に対する抗菌性洗口液は図5に示したように非イオン性のポビドンヨード液、リステリン液に含まれるチモール、トリクロサン、イソプロピルメチルフェノール(IPMP)などは、バイオフィルムにある程度の浸透性がある。
一方、イオン性のクロールヘキシジン、塩化セチルピリジニウム(CPC)などは、バイオフィルム表面に付着して作用する。
食塩を電気分解して作られる強酸水には、歯周病原細菌を死滅させるための次亜塩素酸(HClO)などの一定以上の濃度が求められる。市販の強酸水はその濃度を満たしておらず、歯周治療に有効とされるRCT試験も、信頼される論文発表も見当たらない。
そのため、日本歯周病学会も歯周病の予防や治療での強酸水の使用を推奨していない。
抗菌性洗口液の選択基準としては、
1) デンタルバイオフィルムに浸透性があり殺菌効果がある。
2) 使用に爽快感があって常用できる、
3) 長期使用による副作用がないことかあげられる。
粘膜に使用可能な多くのイオン性の抗菌剤は、残念ながら固有の苦みが強く、付着性があることによって歯面の汚れを導くことがある。一方、非イオン性のリステリン液は、デンタルバイオフィルムに浸透性があり短時間にその殺菌効果を発揮する。
抗菌性洗口液の選択基準として、信頼される多くのRTC研究がメタアナリシスされ、システマティックレビューがなされていることもある。
リステリン液については、欧米でのRCT研究も多く2014年にOra1 Diseases誌で卓越したレビューで評価されている。 29)
また、EBMの信頼の基本となるコクランライブラリーでは、デンタルインプラントのメインテナンスにおけるリステリン液使用の効果なども評価している。30)
筆者は、それらも鑑み、口臭予防、在宅歯科医療、介護での口腔ケアに常用可能な抗菌性洗口液を選択して組み込むことによって誤嚥性肺炎予防などに繋げることも出来ることを強調している。 31,32,33)
6. オーラル・フィジシャンとしての役割を果たす
2005年筆者は、34)日本歯科医師会雑誌に「健康破綻にかかわる口腔内バイオフィルム」と題した解説論文で、1990年文芸春秋社から出版された遠藤周作の「花時計」に書かれている「変わるものと変わらぬもの」を紹介した。
狐狸庵先生で親しまれた遠藤氏は、「糖尿病になると眼にくる、また歯の疾患になる。ところが、眼科医は医者で歯科医は別扱い。口の病気は、いろんな疾患に関わる。将来は、歯科医は眼科医とおなじく正当な意昧での医者であるべきだ。そして歯科医も人体の臓器や疾病との関係を研究すべきである」と書いている。
日系の Eugine Sekiguchi アメリカ歯科医師会会長は、会長時に我が国を訪問された際、「歯科界はヘルスプロモーションに大きな貢献しているというエビデンスを積み重ねながら、口腔疾患の予防と治療に専念すべきである」と話された。
近年、欧米諸国の歯科医学教育では、医師となるべきプロクラムと変わらぬ教育が重視されている。
世界保健機構のオーラルヘルス部門は、慢性感染症の予防に重点をおいた健康政策を推進し、世界各国がそれを受け入れるように指導している。
そして、「どの国においても口腔疾患に関しては、ごく一部しか関心を持っていないことから、多くの人たちが口腔疾患の予防に取り組むような政策が必要である」と述べている。
口腔は病気の入り口でありながらその重要性が見逃されてきたが、疫学、臨床および基礎研究から、歯周病と全身疾患の関わりが解明され、歯周医学が確立され、歯科医師に今まで以上の医学知識が求められているといえる。
したがって、歯科医師は、「オーラル・フィジシャン(Oral Physician)としてのスタンス」を今まで以上に大切にしなければならないことを強調しておく。
図1
図2
図3
図4
図5
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歯性の感染病巣と皮膚疾患について
歯科医師が皮膚疾患の治療として皮膚科医師に協力出来る事
名古屋市開業 おしむら歯科 歯学博士 押村 進
1.歯性の病巣として皮膚疾患に関与すると思われる疾患
皮膚疾患のうち多数の疾患で最近は歯科疾患の関与が注目されています。
特に特に掌蹠膿疱症(1)は私ども名古屋にある藤田保健衛生大学皮膚科学の松永佳世子教授は耳鼻科と歯科の関与で治療して行く疾患だとも言われています。
特に こう言った病巣感染が疑われる患者が皮膚科を来院された場合は 耳鼻科的・歯科的な病巣の有無も対診などでルーチン的に検索して行く必要が有ると思われます。
下記に皮膚疾患に関与すると思われる歯科疾患をあげておきます。(3) (4)
i 口腔粘膜疾患 慢性口腔粘膜潰瘍 カンジダ症
ii 歯根尖部疾患 慢性根尖性歯周炎 根尖性歯根肉芽腫 根尖性歯根嚢胞
iii 歯周疾患 辺縁性歯周組織炎 歯肉炎
iv 顎骨疾患 顎骨嚢胞 残留嚢胞 陳旧性顎骨骨折 慢性顎骨骨髄炎
ⅴ歯冠周囲炎 智歯周囲炎 萌出性歯肉炎
vi 上顎洞炎 歯性上顎洞炎
vii その他
2.歯科疾患 特に歯吐病巣に関連すると思われる皮膚疾患
歯性病巣感染に関与すると思われる皮膚疾患
i掌蹠膿疱症 ii 多形浸出性紅斑 iii 蕁麻疹 iv 尋常性乾癬 ⅴ結節性紅斑 vi アナフィラキシー紫斑病vii 痒疹 viii アトピー性皮膚炎 ixその他 が現在考えられている。
*****
3.歯科疾患(特に歯性病巣)・金属アレルギーなどが原因かと疑って歯科医院に来院される皮膚疾患を有する患者様に対して私ども歯科医師が行える対応としましては 第一に行わなければならない事は皮膚科医師・内科医師などとの連携です。
その後歯科的な関与が疑われた場合には
1.歯科金属アレルギーが有ればその原因金属などの除去・置換⑤
2.化学物質過敏症などが有れば原因となる歯科材料のその患者様にとって安全な物への置換。
3.歯性の病巣感染が有るときはその病巣の除去に対しての歯科的治療
4.歯周疾患に対しての治療 等です。4.歯科医師も金属アレルギーにばかり目をとらわれるのでは無く色々な視点から皮膚科医師の方々等と連携を行う必要が有ると思います。
患者の皮膚疾患の軽減・治癒に関与できる場合は歯科医師として側面からの治療支援をしていくことが こういった疾患で悩まれている患者の希望に応えることだと思っています。
たとえば 掌蹠膿疱症(PPP)などで歯科医院を来院される患者さんの大多数は体のどこか(主に頭頚部)に不顕性の慢性病変が見つかることが多くその病変が たとえば口蓋扁桃で有ったり上顎洞炎・中耳炎などの耳鼻科疾患③で有ったり、私どもの歯科領域の根尖病変・歯周疾患であったりする事が多いように臨床の現場では感じています。
最近 皮膚科の医師たちも色々な皮膚疾患のうちかなりの割合で病巣感染の関与が有ると注目されています。その病巣が耳鼻科領域であったり私どもの歯科領域であったりする事も多数経験されている様です。
そう言った観点からも 皮膚科の患者さんに対して病巣感染等の関与が強く疑われる場合は、私ども歯科との連携・歯科的病巣の検索等がルーチンワークになってきます。
今回 私は皮膚疾患で歯科が関与出来る疾患は金属アレルギーだけでは無く歯科的な病巣感染等色々な連携の必要性を色々な症例を示しながらこ
の場で述べたいと思っています。参考文献
1.押村 進・松永佳世子・服部正巳・他:歯科との連携で治す皮膚疾患 VisuaI Dermatology vol.5. No.11 秀潤社
2.神野卓:なぜ今、歯性病巣感染か一歯性病巣感染と皮膚疾患 日本歯科医学会雑誌 Vol.53 N0.6, 2000-9, 27〜33
3.形浦昭克:扁桃病巣感染症=発症機序の解明と臨床への応用 第87回日耳鼻総会宿題報告モノグラフ.1986
4.中山秀夫・井上昌幸・松村光明:GPの為の金属アレルギー入門[臨床]デンタル・ダイアモンド社.2003.4
5.松村光明: 金属アレルギーの治療の流れとメタルフリー修復の現状 日本歯科医学会雑誌Vol.60 N0.8, 2007-11, 6〜19歯科との連携で治す病巣感染が関与する皮膚疾患
東京歯科大学市川総合病院皮膚科 高橋 慎一
1)病巣感染が関与する皮膚疾患
病巣感染は、掌蹠膿疱症、多形溶出性紅斑、血管炎などの多数の皮膚疾患の原因あるいは悪化要因の1つとして注目されてきた。特に、掌蹠膿疱症において扁桃摘出のみならず、歯性病巣感染を改善することも重要であることが皮膚科領域のみならず歯科・口腔外科領域で報告されている。また、その他、表に示す皮膚疾患で歯性病巣感染が関与する可能性があると報告されている。過去の報告や個々の疾患における歯性病巣感染の関与の頻度などを考慮し、特に重要と思われる疾患としては、掌蹠膿疱症の他、滴状乾癬、ベーチェット病、肉芽腫性口唇炎があげられる。2)掌蹠膿疱症患者の歯性病巣感染の頻度とその治療効果
掌蹠膿疱症は、平常、足蹠に無菌性小膿疱を形成する疾患で、周期的に緩解、増悪を繰り返す。胸鎖関節炎を併発することがあり、喫煙が悪化因子として知られている疾患である。病因として、扁桃炎、歯周炎などの病巣感染と金属アレルギーが報告されている。扁桃摘出の有用性は既に広く認められており、その有効率は約60%〜90%といわれている。疫学的調査も行われているが、エビ
デンスレベルの高い調査はなく、現時点ではEBMとしてはレベルBである1)。
次に重要なのが歯性病巣感染と掌蹠膿疱症の関係である。皮膚科および歯科領域で臨床研究が行われ、歯性病巣感染の治療が本疾に有用であると報告されている。我々の研究では、約2/3の患者で歯性病巣感染が認められた。さらに歯性病巣感染を有する患者では約2/3の症例で歯周病治療が本症の改善をもたらしていた2)。 しかも、扁摘との比較で、治癒例はないが、扁摘に近い効果が得
られるとの報告があり1)、扁桃炎の治療と同様に重要であると言える。また、歯性病巣感染治療の無効例の一部は扁摘で改善し、歯性病巣感染治療の有効例の一部で、扁摘や歯科金属除去が相乗効果を示した。これらの結果は、掌耽読底豆の原因は歯性病巣感染、扁桃炎などの病巣感染や金属アレルギーなど多因であり、しかも1人の患者において1つの原因のみが関与するとは限らないことを示している。 このような多因性は、他の病巣感染が関与する疾患にも共通に認められる現象である。
3)病巣感染の関与するその他の皮膚疾患
掌蹠膿疱症以外にも、表に示す疾患の治療において、歯性病巣感染の治療が有用であるとの症例が多数報告されている。しかし、掌蹠膿疱症の臨床研究で行われている40から60症例程度の統計的研究は行われていない。その理由は、これらの疾患では頻度が少ないためかもしれないが、見過ごされている可能性も否定できない。原病巣としては、掌蹠膿疱症と同様に扁桃が最も重視されている。臨床的にしばしば経験するのは、上気道感染に継続して、乾癬の一病型である滴状乾癬、蕁麻疹、多形滲出性紅斑、結節性紅斑などが発症あるいは悪化することである。しかし、明らかに歯性病巣感染の治療だけでこれらの皮膚疾患が治癒する場合があることを歯科医も知っておくべきである。
4)病巣感染の関与の証明
掌蹠膿疱症の場合でさえ、治療前に病巣感染の関与を証明する検査法は確立していない。すなわち、依然として皮膚以外の二次疾患の場合と同様に、原病巣を除去して二次疾患が治癒あるいは軽快するか否かという、治療後診断によっているのが現状である。関与を示唆する検査所見としては、白血球増多、CRP高値(頻度低いが)、臨床経過としては、歯性病巣感染の悪化と平行して皮膚症状が悪化する場合、抜歯などの観血的処置で皮膚症状が一過性に悪化する現象を認める場合である。5)2次疾患としての皮膚疾患を有する患者の歯性病巣感染への対処
表に示す皮膚疾患の原因はそれそれ多数あるので、歯性病巣感染も念頭に置いて原因の1つとして検索していく必要がある。この中でも、掌蹠膿疱症、滴状乾癬、アナフィラクトイド紫斑、肉芽腫性口唇炎は病巣感染との関連が強く示唆されているので、積極的な取り組みが必要である。一方、蕁麻疹、多形滲出性紅斑などでは、病巣感染の頻度はそれほど高くないことや、短期間で治癒する
ことも多いので、難治性の場合などに病巣感染の検索が行われる。歯科受診により、歯性病巣感染が発見された場合、皮膚疾患の発疾に関与しているかを確認するため、歯科医、皮膚科医が連携して皮膚症状と歯性病巣感染の病勢などの関係を経時的に検証していく必要がある。
6)歯性病巣感染による二次疾患の発症機序
病巣感染の病態生理については、これまで扁桃炎について良く研究されており、歯性病巣感染については、最近徐々に知見が集積している段階である。滴状乾癬の場合、溶血連鎖球菌感染が先行することが多い。実際に溶血連鎖球菌を用いた実験動物モデルで二次疾患が引き起こされ、さらにα連鎖球菌のM蛋白やスーパー抗原が発症に関与していると推測されている3)。歯性病巣感染においても、α連鎖球菌が高率に分離され、同様の機序が関与することが示唆される1)。また、掌蹠膿疱症患者では、健常人に比し細菌の産生する熱ショック蛋白(HSP)に対する抗体価が高く、歯性病巣感染の治療と共に抗体価が低下し、それに伴い、掌蹠膿疱症の皮疹の重症度も同様に軽くなる。このようなHSPに対する抗体が自己免疫反応を生じる可能性も指摘されている5)。しかし、扁桃炎の領域も含め、病巣感染による二次感染の発症機序については、一定の見解は未だ得られていない。
7)まとめ
病巣感染が関与する皮膚疾患においては、常に病巣感染という概念を念頭に置く一方、それだけにとらわれずに他の原因も考慮すること、さらに症状が多臓器に及ぶため、歯科医師および他科医師と緊密に連携することが極めて重要である。参考文献
1)古川福美、米井 希:掌蹠膿疱症に扁桃摘出は有効か?EBM皮膚疾患の治療2008-2009(宮地良樹、幸野 健著).中外医学社, 2008.
2)高橋慎一、他:掌蹠膿疱症患者の歯性病巣感染とその治療効果 日皮会誌 111 : 426,2001.
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札幌医科大学 名誉教授 形浦 昭克
日常臨床上「扁桃炎とは何か」と間われた際、扁桃の持つ機能を無視してはならない。
過去において種々の問題が挙げられたが、今日、扁桃が免疫機能を持つことに疑問を抱くものはない。かかる免疫応答の経過により感染との均衡が問題となってくる。扁桃は生理的炎症臓器と言われる。概して扁桃炎は臨床的に何らかの局所の炎症症状が、それに併う全身症状を現し、或いは病理組織学的に生理的範囲を越えた炎症所見を呈する事もある。直接外界に顔を出す扁桃は、感染と免疫の両側面を持つ個性豊かな臓器である。
扁桃炎の分類において、この病巣感染の扁桃は、慢性扁桃炎と区別し難い。1)、2)
1.病巣感染の定義
1939年、病巣感染の定義は Gutzeit 及び Parade 3) による“Fokalinfektion”と題する論文の中で次の如く言及される。即ち”身体のどこかに限局した慢性の炎症巣(原病巣)があって、それ自体は、殆んど無症状であるか、または時々症状を呈すると言った程度に過ぎないのに原病巣から離れた諸臓器に反応性器質的または機能的障害、即ち二次疾患を惹起する病魔”とされている。 このFocus(原病巣)となるものは、慢性扁桃炎、慢性副鼻腔炎および歯性疾患が主なものと言われる。さらに扁桃が原病巣と考えられている二次疾患は、これまで多数報告されており、腎、皮膚、骨・関節、心、眼疾患其の他、全身に広くおよんでいる(表1)。
2.病巣感染の歴史的背景
その歴史をひもとくと、紀元前650年に遡って古代アッシリア王の病気が齲歯に起因したと記載された楔状文書が発掘されており、更にヒポクラテスの時代にも経験的に口腔疾患と関節リウマチとの関連性が唱えられているとの記載は有名である。 20世紀になって、病巣感染の概要がようやく学問的に認識され始めてきたとされる。多くの学者らにより潜在的腎炎および心筋炎と齲歯および
歯槽膿漏と関節炎との関連性が強調された。4)
1900年代初期、Huuter 5)(1900年)に始まり、Pässler 6)(1909年)およびBilings 7)(1912年)などの業績によって病巣感染の問題が取り上げられた。 こうして実地診療ではPässler、Huuter、Bilingsらの研究業績に刺戟されて1920年代に病巣源である扁桃、歯牙の摘出、抜去が無批判に行われた時代であり、この趨勢は、当時のアメリカにおいて顕著であったが、その後、変遷し、1940年頃より、正しい扁摘適応が認識されるようになり、アメリカにおけるかかる問題は低調になったと言われる。 こうして扁桃、ことに病巣感染について世界的に目が向けられようとされた。即ち、日本、ドイツ、オーストラリア、イタリア、ソ連などで活発な研究が行われてきた。近年アレルギー学、分子生物学、免疫学の進歩にあわせて、その研究方法として、生化学的駆使、蛍光抗体法、電
子顕微鏡的方法と共に時代の進展は親しく地道乍ら、病巣感染の研究は、確実にこれらの操作を臨床へと応用され、既述の如く世界的に大きな関心となったことは否めない。かつて病巣感染の歴史的背景に関しては、膨大な報告がなされている。この歴史に関して私の扁桃研究の師であられたいまは亡き熊本大学野坂保次名誉教授の書より一部を引用させていただいた。8)9)
今後本邦における原病巣として主たる扁桃と歯牙による出来るだけ多くの既述した二次疾患の集積により病む人々に対して立ち向うべき時代が到来してきたと考えられる。
病巣感染の研究は、かつてドイツで病巣感染症学会に発展し謳歌した時代があり、わが国がその礎を受けつぎ、日本扁桃研究会から今日の日本口腔・咽頭学会に統合して発展的にその隆盛をみるに至る。更に1987年、本邦において京都市で4年毎のIntemational Symposium on Tonsilとして続けられ、2010年には旭川市において第7回が開催されるまでに飛躍し、たのもしい限りである。
かかる病巣感染の問題は、今日ベッドサイドで置き忘れられようとしているが、掌蹠膿疱症、IgA腎疾および、胸肋鎖骨過形成症などに対する扁桃の占める位置がいやが上にも多大な成果を報告されていることにより、病巣感染症で病む人々の大きな福音となっていることを忘れてはならない。
3.病巣感染の病因論
これまで多くの病因説があげられてきた。4)、8)9) 即ち、細菌説、アレルギー説、自己免疫説、神経病理学説、熱ショック説、アジュバンド説、レーリー現象説および扁桃病巣敗血症説などがある。これらに加えて、今世紀では粘膜免疫の立場から考える傾向が多く出現し、朝倉 10)、扁桃による上気道粘膜免疫の誘導に関する研究から、まず、粘膜免疫の誘導組織は複数に存在すること、さらに common nlucosalimmunity に加えて夫々の誘導組織がその近傍の実効組織(粘膜リンパ組織)を重点的に支配する仕組みの存在を示すべく示唆した。 それらのなかで歯科疾患における細菌説 4)11) に関石部持たれる。 1912年 Billings が慢感染なる名称で主唱し、原病巣に細菌が存在し、主として連鎖球菌の毒素が直接的にあるいは血行性、リンパ行性に波及した遠隔臓器に二次疾患を発症するものと考えられた。 既述した如くBilings の報告は慢性感染性心内膜炎に始まり、1921年に至るまで、慢性病巣と関節炎および腎炎については病巣感染と呼ぶべきと説明している。
1914年にはRosenow 12) が患者の病巣から純培養したレンサ球菌は、動物の静脈に注射して、二次疾患に相当する臓器に病巣感染を成立させることに成功したことにより、その後、多数の論文が報告された。今世紀における病巣感染の中でも掌蹠膿疱症に関する動物実験として、Suzuki 13) の家兎における遭延性実験がある。又 Hayashi 14) らは掌蹠膿疱症発症患者の扁桃由来リンパ球菌をT、B細胞機能の欠落しているSCIDの腹腔内に注入して、発症機序に関与する血清中抗ケラチン抗体を4〜6週にかけて増加を認めた。かかる実験は臨床における大きな役割を示唆されたのである。
4.扁桃の構造上特徴
扁桃はリンパ組織であり、解剖学的には輸入リンパ管を持たず、無数の陰窩と呼ばれる深い切り込みに富み、その奥にリンパ上皮共生と呼ばれる構造を有すること、更にそれに接して多数のリンパ濾胞を有することが知られている。図1は、口蓋扁桃の解剖学的位置とワルダイエル扁桃輪を示している。 15)又、口蓋扁桃の大切片のヘマトキシリン、エオジン(HE)染色の組織像で、夫々多数の陰窩が豊富に存在するリンパ濾胞の状態が観察される。免疫機能としては、扁桃とはT細胞およびB細胞が豊富にリンパ濾胞周辺に分布し、濾胞内は主としてB細胞にて占められ、T細胞は濾胞内に分布すると共に、一部は濾胞内に認められ、そのT細胞の大部分はCD4陽性細胞である。末梢血ではリンパ球中の90%がT細胞で、B細胞は10%を占めるに過ぎないが、扁桃ではそのリンパ球の50〜60%がB細胞でT細胞を上土わっている。
このことから扁桃はリンパ濾胞に富み、扁桃は末梢血に比してB細胞優位の細胞構成を持っている。
即ち扁桃のBリンパ球は、末梢血のBリンパ球よりも活性化した末刺激状態にあると言われる。 16)
これらから私共はまず3H-サイミジンの取込を計測することで扁桃のリンパ球が末梢血リンパ球に比べ刺激状態でも非常に活性化された状態にあることを知る。即ち扁桃および末梢血の夫々のリンパ球による3H-サイミジンの取り込みは細胞におけるDNA合成を表していると考えられ、これが末刺戟の状態で認められることからspontaneous DNNA 合成とよばれ、扁桃リンパ球が末梢リンパ球に比して、いかに活発であるかが理解される。
加えて扁桃は、口腔内に存在し、常に多くの細菌に曝されており、これが扁桃と細菌との関わりを知ることになる。扁桃陰窩における細菌叢を検索したところで多数の各種細菌が認められ、殊に病巣性扁桃炎(掌蹠膿疱症)患者の扁桃陰窩には慢性扁桃炎のそれに比べて、α溶連菌が優位に検出された。この事は扁桃が病巣感染症における特異的病原の存在としては否定的であるが、私共の病
巣性扁桃炎の扁摘前後の細菌叢では、あくまでもα溶連菌で、特にS.Sanguis Ⅱの検出が高く、扁摘により低下することを経験した。17)、18)Suzukiらは、19) IgA腎症ではより高頻度にHemophylus parainflueuzaeが検出されたとの報告は大いに注目された。5.扁桃病巣感染症の発症機序
教室のこれまでの基礎的研究が扁桃に関する免疫学的知見に関して、多くの事実が明らかになってきた。ここに病巣感染症二次疾患の掌蹠膿疱症の発症に限って論じてみる。16)、17)
即ち扁桃の陰窩においてα溶連菌の存在下に扁桃リンパ球の陰窩上皮ケラチン層による感作、α溶連菌過敏症のある個体において、び溶連菌に対する感作の成立が起こり、抗ケラチン抗体、抗コラーゲン抗体、抗α溶連菌抗体が産生される。また、α溶連菌の存在下にリンパ球や上皮細胞からの炎症性サイトカインの産生亢進がおこり、一方、その影響下には細胞接着分子の誘導によるリンパ
球活性化の促進が起こっている。各抗原間の交差抗原性の存在にる各種抗体の特異性の共有、手掌、足蹠の皮膚への機械的刺激によるケラチン、コラーゲン等の遊離と免疫複合体の生成からここに補体の活性化が誘導される。 この場には好中球の動員も起こり、細胞の融解が生じ、一方ではTリンパ球の手掌、足蹠の皮膚へのホーミング、組織障害へと流れ、炎症性サイトカインの関与により、ここにも好中球の動員が生じついには無菌性膿疱の発生にいたるものと考えた。
6.病巣感染の診断 18)、20)
これまで、扁桃専門外来において、病巣感染の診断のための検査はどんなものが有るかを検討した。従来から、問診の重要性は言を俟たない。殊に喫煙と扁桃炎は無視出来ない。なかでも女性の喫煙歴は、掌蹠膿疱症においては注目されなければならない。私共は扁桃の顔に焦点をおいている。
即ち、扁桃局所の陰窩配列の不整、埋没性の陰窩内には膿栓貯留が多く、圧迫すると膿栓が排出する場合は慢性の病巣性である二次疾患の局所所見として存在することが多い。また、上気道罹患傾向の既往有無はあなどれない。 日常臨床におけるASOおよびASK(antistreptkinase)価が検討されるし、IgA腎症では尿蛋白や尿潜血検査は必至であり、なかでも扁桃内の確実なα溶連菌など細菌検査が求められる。いずれにしても病巣感染の特異的臨床検査は存在しないとも言える。そんななかで重要なのは、扁桃が病巣性であるかを知る方法として野坂名誉教授の唱えられる局所病巣診断法をあげねばならない。扁桃が病巣性である遠隔臓器である皮膚、骨・関節および腎など二次疾患の存在有無を検察するものとして従来から行われてきた。最も使用されるのは、扁桃誘発試験である。
これには近年、超短波直接法および扁桃マッサージ法がある。前者は永島医科機械TS-60を使用し、両側扁桃に各5分間ずつ施行し、後者では同じく5分間ずつ手動式或いは機器にてマッサージを施行する。その判定としては先の野坂に従い、扁桃誘発3時間後、末梢白血球増加1000/ml以上、赤沈中等度亢進10 mm/h 以上および体温上昇0.45°C以上、更にIgA腎疾では尿所見が注目され、
施行されてきた。こうした誘発試験が病巣診断として、近年かかる価値が薄らいだ傾向が認められた。1987年、日本扁桃研究会に設置された扁桃病巣感染症診断基準の標準化に関する委員会が作られ、数年にわたり全国13大学以上の施設が参加し、検討報告した。その結果最終的に各二次試験を含めて総数健常群48側、病巣性群276例について二次疾患と健常群との間に有意差が認められなかったことを報告した。具体的に赤沈の変動は5mm以上で陽性とした場合、健常群よりも病巣群(掌蹠膿疱症)の陽性率が高かったが12.8%に留った。
又体温と白血球数は基準値の変更により、両群とも連動して陽性率が上下するため、やはり健常群との差は認められなかった。その原因として幾つか挙げられたが、この方法が行われた当時、扁桃病巣感染症と考えられた二次疾患は、従来の主としてリウマチ、腎炎、微熱などであり、現在の対象となる二次疾患と異なっていることや、使用された誘発装置の規格や出力が現在の刺戟装置と異なることなどがまとめられた。
即ち、現在実施されている誘発試験を応用する際、基準が定められた当時に比べ病巣感染症の疾患が大きく変遷し、この疾患の発疾には免疫学的飲序が大きな役割を果たしていると言える。
しかるに診断基準を確立するために、診断法を根本的に見直し、ここに発痛飲序を考慮した免疫学的パラメーターおよび病態に直結した検査項目の導入が求められた。
21)野坂による扁桃打消試験には、扁桃陰窩洗浄法やレーダー吸引法などがある。陰窩洗浄は陰窩に対して生食水で膿栓を洗浄し、レーダー吸引は、扁桃に吸引管をあて、陰圧により陰圧内容物を除去することにより、二次疾患の改善有無を観察するのである。
複合診断法
より良い診断正答率を高めるために両検査を併せた複合診断法が考案された。即ち両検査が陽性であれば病巣性が高く、また誘発試験が陰性であっても、共に打消試験が陽性であれば病巣性と診断された。
即ち、誘発・打消試験ならびにその複合診断法の診断的中率を検討した。掌蹠膿疱症は打消試験で58.1%、誘発試験で51.2%、胸肋鎖骨過形成症ではそれぞれ44.0%、40.0%といずれもその診断的中率は打消試験の方が高い値であった。これまで打消試験、誘発試験のいずれかが陽性の場合を複合診断法陽性とした診断的中率がまとめられているが、掌蹠膿疱症において73.3%に、胸肋鎖骨過形成症において56.0%と向上していることが得られた。18)、21)、22)
新しい複合診断法の導入
掌蹠膿疱症機序に開する項目を術前診断に導入した。即ち①従来の扁桃誘発試験(赤沈陽性或いは白血球、体温の2項目とも陽性)、②扁桃打消試験、③病歴に加えて、④扁桃陰窩細胞診、⑤血中免疫複合体値および、⑥血中IgMケラチン抗体値のなかで、いずれか1項目以上陽性の場合に、扁摘の適応となる。その診断は高いが、上述の④、⑤、⑥の測定は、日常臨床において、早急に判定にすることが困難で、今後、比較的容易に行える検査法の開発が求められる。18)、23)
更に臨床的に二次疾患が扁桃に由来すると考えられた場合、従来より検討されている治療後診断法(Diagnosis et juvantibus)と言う考えかたがある。慎重に検討されねばならない。
7.病巣感染の治療 一臨床症状改善におよぼす扁摘の効果一
⑴ 掌蹠膿疱症(pustulosis palmaris et plantaris, PPP)
PPPの臨床症状は、手掌と足蹠に左右対称に出現する多発性の無菌性の膿庖であり、一般に寛解と憎悪を繰返しつつ経過する。私共は、臨床の立場からこれまで教室が一丸となって、本疾患と言及した種々の点と併せて扁桃病巣感染症の存在を追求してきた。当科におけるPPPの症例数は外来を受診したPPPの総数は633例と多く、かかる疾例の一定の治療効果を判定する必要上3ヵ月以上経過を観察した318例の分析結果は、消失46%、有効までを含めると扁桃摘出術(扁摘)は、PPPの90%に至る症状改善の効果があり、不変および悪化は僅か4%に過ぎなかった。又、PPPの扁摘後経過観察期間と皮疹改善率を観察すると、経過と共に皮疹の改善率が上昇していくことが検討された。即ち術後3ヵ月では、消失例はまだ40%に過ぎないが、1年で60%、4年以上経過を追った症例では90%以上に達した。従って扁病の効果についてはある程度長時間にわたり観察する必要があり、既述した如く喫煙、殊に女性において扁桃摘出後早い時期に改善し得るし経過と共に殆どが改善されると思われた。
又、PPPは扁桃病巣感染症の中でも症例が豊富で、扁桃炎との関わりを認識されている医師も少なからずおられることから、当科の症例数には及ばないまでも、他大学、医療施設でも臨床データが蓄積されている。そのことからPPPにおける術後成績の良好となる因子の検討を行った。
即ち、まず年齢について、PPPの発症年齢のピークは30歳代から50歳代にあり、発症年齢の高いほど扁病の効果は良いと考えられた。
発疾から扁病までの時期については、最終的な改善率との間に明らかな関係はないものの、その期間が短いものほど扁摘から治癒までの時間が短くなるものと考えられた。
皮疹憎悪時に上気道炎を合併しているものはど扁摘の効果は高いと考えられ、扁桃陰窩の細菌叢については、一般の扁桃炎に比べ、PPP患者の扁摘でα溶連菌が多く認められるが、PPPのみに特異的という細菌は示されていない。 16)
⑵ 胸肋鎖骨過形成疾(Stemocostoclavicular hyperostosis, SCCH)
SCCHは、主として胸鎖関節、胸肋関節に出現する、疼痛を伴う腫脹であり、骨シンチグラムで骨性の過形成が認められる。このSCCHは、術後3ケ月以上を経過した89例を検討したが、このSCCHは、関節に生じた膨張は不可逆的なため、疼痛の改善とそれ以上の腫脹の増大を示さないことをもって、臨床症状の改善と判定した。その結果、症例の半分以上で疼痛が消失し、80%で有効以上の改善が示された。
SCCHもPPPと同様に、術後経過観察期間と関節痛の改善率の推移を検討したところ、やはり時間と共に上昇し、特に4年以上を経過したものでは全例で疼痛が消失された。
この疾患は、しばしば他の皮膚疾患、特に掌蹠膿疱症や尋常性乾癬に合併し、発症機序の上で共痛点の存在が疑われた。18)、23)、24)
⑶ 掌蹠膿疱症性骨関節炎 (Pustulotic arthro osteitis, PAO)
ここに歴史的にさかのぼると、多くの掌蹠膿疱症からみた合併症として骨関節病変は高い率に示されてきた。 1981年Sonozakiら25)のPAO、続いてその後に一つの新しいリウマチ疾患として分離されてきた。 2006年に川口鎮司26)は、RA以外の関節炎の臨床をまとめられた。
この中で、血清反応陰性脊椎関節症では殊に仙腸関節炎を伴うことが特徴的であると言われ、関節外症状とはぶどう膜炎、尿道炎や扁桃炎なとを有することがあり、HLA-B27、クラミジアやギャンビロバクターなど殊に小林27)の云われる反応性関節炎などであると言われた。
臨床像と99mTCの骨シンチグラムの自験例から単純な型ではなく混合型と合併型に加えて、全身疾患としての胸肋鎖骨部以外の関節病変に気づくことが認められた。
1989年に増田ら28)は、胸骨、肋骨、鎖骨の異常化をきたしたSCCHなる一つの独立疾患の概念に加え、脊椎、仙腸関節、末梢関節にも高頻度の異常を認めることを判明し、全身性の骨関節疾患という意味で掌蹠膿疱症性骨関節炎、PAOが女性に多いことを病巣感染の一つであると報告された。
さて、このPAOの成因は、種々のものがあり、これまでに、病巣感染以外に進歩はみられない。
私共は、過去においてReilly現象と免疫系の関連性において、抗ケラチン抗体や免疫複合体の変動が惹起されたことや、一方、Reilly現象が病巣局所での循環異常を通じて免疫現象を促進する効果を現す可能性が考えられた。他に和歌山医大の藤原は現在熱ストレス蛋白についてこの研究に着目し、今後の発展に期待して止まない。
⑷ 関節リウマチ (Rheumatoid arthritis, RA)
これまでの教室で検討された扁摘施行した18例において66.7%の臨床効果が認められた。即ち疼痛の消失したもの33.3%、著効5.6%および有効27.8%であった。 29)
臨床的に病巣感染に相当するものがあることと、非特異的関節痛を除外し、RA診断のもとに扁桃炎との関係で選択された。既述した如く小林27) は扁桃炎に伴う反応性関節炎についての膨大な報告のなかから、内科的治療を施行したにもかかわらず、扁桃炎と関節炎を繰返す場合、耳鼻科医との相談の上積極的に扁摘を行うべきと結論している。
⑸ IgA腎症(IgA Nephropathy, IgAN)
21世紀に突入してからの扁摘病巣感染症におけるトピックスとしてIgA腎症が挙げられる。
今日、耳鼻科においてもIgA督促における扁摘適応基準および治療効果判定基準の案が出された。少なくともこれまで耳鼻科医で扁摘によりIgA腎症は、50-80%が尿蛋白や尿潜血の改善が認められた。今日、堀田3o) の扁桃摘出十ステロイドパルス療法が多くの施設において検討され報告されている。 こうして扁摘による病巣感染症の治療効果を伺うに、明らかに二次疾患の扁摘効果は大きい。なかでも、PPP、SCCHおよび IgANなどのこれら三臓器の病変は、種々の程度に合併しあい、扁桃を病巣とした皮膚、骨・関節、腎症候群という新しい概念で包括的に把握することが望ましいことが認められた。23)
8.今後の病巣感染の問題点
⑴ 古くて新しい病巣感染は、これまでの歴史的背景から多くの変遷を果たした。今世紀において免疫学が進歩してからの病巣感染はこれまでに多くの扁桃に関連した研究は、最も適した発症飲序の宝庫であるのかも知れない。次いで、原病巣として扁桃につぐ歯科疾患は既述した如く、ヒポクラテスの時代から数多くの病巣感染症との関わりが報告されてきた。殊に近年になっても歯性病巣感染症の中で、掌蹠膿疱症では、扁摘がなされない場合、歯牙を中心として歯科治療によって、その成果は今世紀において報告されてきた。殊に、かつて歯科疾患が問題になった病巣感染は、今日ジョージ・E・マイニーの『虫歯から始まる全身の病気一隠されてきた歯原病の実態ー』第8版がついに翻訳出版された。
現在、免疫学ならびに細菌学からのアプローチにより、素晴らしい病巣感染の全容が解明されることが望ましい。
⑵広くその原病巣が潜在せる二次疾患の解明と共に集積することである。小児喘息、ぶどう膜炎、アレルギー性紫斑病、ベーチェット病、および多発性滲出性紅斑などが扁桃や歯牙などにより、臨床成果が挙げられたことは注目すべきであり、より数多くの二次疾患の臨床成績が求められる。
⑶そのためには、耳鼻科、歯科のみならず、皮膚科、整形外科、腎臓内科など他科よりの相談を積極的に受け、対応していかなければならない。⑷更に、誰でもが容易に病巣感染を診断し、ここにこれらを確立し、一般臨床に定着することを期待したい。
⑸ 加えて、解剖学的にも鼻咽腔の病巣感染における位置を改めて知る必要があるし、この分野の挑戦が望まれる。
おわりに
教室で経験した扁桃病巣感染症二次疾患のなかで掌蹠膿疱症、胸肋鎖骨過形成豆、掌蹠膿疱性骨関節炎、関節リウマチおよび IgA腎症などについて、その概要を紹介した。更なる臨床集積を重ねると共に他の多くの二次感染を経験すべきである。そうして、多くの病める人達の福音となり、更には広く海外に対して、この病巣感染の基礎と臨床を知っていただくべきである。
(最後に、半世紀にわたり扁桃研究にお互いに切磋琢磨し、続けられたその時代の多くの教室員に対して深く感謝を申し述べたい。)2008 Vol.3 より
文 献
1) 形浦昭克:扁桃について、JOHNS 20:673-678、2004.
2) 野坂保次:扁桃炎とは何か、耳喉57:753-756、1985.
3) Gutzeit,K.&Parade,G.W.:Fokal infektion. Erg. inn.Med.u.Kinderheilk.57:613-722,1939
4) 形浦昭克:扁桃病巣感染症の概念、Client 21、No.18免疫・アレルギー疾患(石川哮編)、pp.291-299、中山書店、東京、2001.
5) Hunter W:Oral species as cause of disease. Br Med J 28:215-216, 1900
6) Pässler H: Uder Beziehungen einiger septisehen Krankheitszustande zuchronishen infektion der Mun dhöhle.Verh d Kongress f inn Med 26:321-323,1909
7) Billings F:Chronic focal infections and their etiology relations to anphritis and nephritis. Arch Intern Med 9:484,498,1912
8) 野坂保次:病巣感染、扁桃[臨床編](野坂保次、猪初男、斎藤英雄監修)pp.133-154、日本医事新報社、東京、1985.
9) 野坂保次:病巣感染、扁桃の基礎と臨床、pp.229-234、日本医事新報社、東京、1977.
10) 朝倉光司:扁桃の生理機能と粘膜免疫、今日の扁桃学(形浦昭克編)、pp.15-23、金原出版、東京、1999.
11) 小泉富美朝:病巣感染の病理(最終講義)、教室の歩み一初代教授退任を記念して、pp.68-102、富山医科薬科大学医学部病理学第2講座、富山、1999.
12) Rosenow EC:The newer bacteriology of various infections as determined by special methods. JAMA 63:903-970、1914
13) Suzuki,M.:Studies on experimental exanthema in rabitts by means of recurrent systemic sensitization. Acta Otolaryngol (stoekh)Suppl.401:51-61,1983
14) Hayashi,Y.et al:Animal of focal tonsillar infection:Human tonsillar lymphocytes induce skin lesion SCID mice,Acta Otolaryngol(stoekh)523:193-196,1996
15) 山中昇:扁桃ー50のQ&A(形浦昭克編)pp.15-17、南山堂、東京、1988.
16) 形浦昭克:扁桃研究に魅せられて40年(最終講義)、pp.1-31、札幌医科大学医学部耳鼻咽喉科学講座、札幌、1999.
17) 形浦昭克:扁桃の基礎(二つの顔を持つ臓器、扁桃とその病気)、pp.1-16、および85-92、南山堂、東京、2005.
18) 形浦昭克:扁桃病巣感染症の臨床一現状と今後の展望ー、耳鼻臨床95:763-772、2002.
19) Suzuki,S.Nakatomi,Y.et a1:Hemophilus parainfluenzae antigen and etiology in ranal biopsy samples and serum of patients with IgA nephropathy. Lancet 343:12-16, 994
20) 形浦昭克:病巣感染を疑う際の検査、JOHNS、8:173-183、1992.
21) 形浦昭克:増田游、志藤文明他:扁桃誘発試験の再評価:扁桃性病巣感染症診断基準の標準化に関する委員会報告(第4報)、口咽科、9:213-221、1997.
22) 浜本誠他:扁桃打消試験の意義、口咽科、6:19-23、1994.
23) 形浦昭克:扁桃病巣感染症一発症機序の解明と臨床への応用、pp.1-218、第87回日本耳鼻咽喉科学会宿題報告モノグラフ、1986.
24) 形浦昭克:扁桃と全身疾患(二つの顔を持つ機器、扁桃とその病気)、pp.61-85、東京、南山堂、2005.
25) Sonozaki,H.et al:Incidence of arthro-osteitis in patients with pustulosis palmaris et plantaris. Amnals of the rheumatic diseases. 40:554-557,1981
26) 川口鎮司:RA以外の関節炎の臨床、日本医事新報、4300:53-58、2006.
27) 小林成人:扁桃炎、上気道炎に伴う反応性関節炎、口咽科、19:203-214、2007.
28) 増田はつみ、岡田康司:掌蹠膿疱症骨関節炎の7症例、日扁桃誌、28:155-161、1989.
29) 大黒慎二、形浦昭克他:扁桃摘出術と骨関節疾恵一胸肋鎖骨過形成症と慢性関節リウマチについてー、日耳鼻、97:1601-1607、1994.
30) 堀田修:扁摘十ステロイドパルスは IgA 腎症の根治治療となりうるか?、口咽科、14:143-150、2002.
形浦昭克氏 略歴
生年月日:昭和8年11月4日(74歳)
現住所:札幌市中央区北2条西21丁目1 - 1 -703
昭和33年3月:札幌医科大学卒業
昭和33年4月:日本赤十字旭川病院にて実地修練
昭和34年7月:医師免許証取得
昭和38年3月:札幌医科大学大学院修了、医学博士学位授与
昭和42年8月:札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室講師
昭和43年8月:フィンランド、ヘルシン牛大学耳鼻科病院留学
昭和44年8月:札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室肋教授
昭和50年5月:札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室教授
平成 8年3月:札幌医科大学付属病院院長
平成 8年4月:札幌医科大学評議員
平成 11年3月:札幌医科大学定年退職
平成 11年4月:札幌医科大学名誉教授
平成 11年4月:札幌鉄道病院副院長、顧問
平成 16年4月:札幌鉄道病院退職
平成 17年5月:社会福祉法人札幌怨言会 特別養護老人ホーム診察室長
表1
図1
ー報告ー
『虫歯から始まる全身の病気』出版記念創建フォーラム開催
1999年10月3日、恒志会現理事長の土居先生を中心にしてまとめられた、片山恒夫先生の「セミナースライド写真集」出版記念祝賀会が開催されました。
片山先生は体調すぐれず出席出来ませんでしたが、その折代理先生より「歯科の再発をどう見るか。その中で虫歯の痛みの除去のための歯髄の除去をあまりにも簡単に、あまりにも無造作、すなわちかるがると手抜きが行われていることか。その結果の恐ろしさについて、現在また、皆様にご援助を得ながらプライスの業績を少しでも分かり易くお知らせしようとして、アメリカ歯内療法専門養成の指導者の1人、カリフ才ルニア在住G.E.マイニーの図書を翻訳出版しようとしております」と片山先生の言葉が紹介されました。
以来、8年の歳月が流れました。 この本も改訂を重ねておりますので、校正編集作業を行い、ようやく出版にこぎつけました。そして、この本の出版を記念して、「病巣感染を考える」と題し、歯科医師、医師、マスコミ関係、一般市民を交えて350名を越える
方々の出席を得て、2008年7月20日、フォーラムが開催されました。
席上、土居理事長より2つの提案がなされました。すなわち、病巣感染の再興と口腔医創設への提案です。
歯性病巣感染の起こることを人類は古い時代から経験的に知っていたようですが、学会でとりあげられ、具体的に研究され始めたのは20世紀に入ってからです。 この学説はアメリカの学会で大きく反響を呼んだ様ですが、この問題に対してW.A. Priceはアメリカ歯科医師会の援助を受けて25年の歳月、2千人以上の患者と、2万羽ものウサギ、そして、医科・歯科60名の研究者の協力を得て行った実験の知見を、上下二巻1178頁にまとめ発刊されました。
しかしこのDental Infections v0.1 v0.2は何故か隠ぺいされ、また抜歯や扁桃摘出が必ずしも全身疾患に期待する効果を現わすとは限らないこと、更に、その後の抗生物質などの発達、治療効果より、次第に病巣感染説は慎重な検討を受けるようになりました。
日本では戦後のアメリカ歯科医学の受け入れで、厳しい洗礼を受けることなく現在に至った様に思われます。
歯科側からファーストスピーカーとして、奥田克爾東歯大教授が登壇しました。土居理事長により東歯大図書館にて発見されたW.A.プライス博士のサイン入り寄贈本について、触れられました。
80年も前にすでに「歯科疾患と全身疾患」に関する本が当時の医学会のリーダーであった医師との研究成果として発表されており、細菌の分子生物学・免疫学を研究してきた立場より、その内容は決して劣ることないと紹介がありました。
そして、むしろ現在口腔内バイ才フィルム細菌が様々な全身疾患に関わる事が、ようやく歯科と医科の疫学的ならびに分子生物学的共同研究によって明らかにされ、特に、メタボリックシンドロームと歯周病の密接な関わりについて、その証拠が捉えられて来た事が詳しく解説されました。
続いて札幌医科大学名誉教授、形浦昭克先生より、病巣感染の歴史的背景、病因論の解説が行われ、扁桃の構造的特徴、発症機序の研究成果が特に氏の教室でアプローチされた掌蹠膿疱症について説明がありました。診断については扁桃局所の膿栓貯留が多く、埋没性で圧迫すると膿栓が排出することが多い事、皮膚、骨、関節及び腎などの二次疾患を検察するものとして、扁桃誘発・打消試験の紹介及び、血中免疫、複合診断が紹介されました。
そして氏の経験された胸肋鎖骨過形成症、骨・関節炎及び IgA 腎疾についての扁摘の及ぼす効果について概要が紹介されました。そして更なる臨床集積を重ねて、多くの病める人達の福音となるべく病巣感染の基礎と臨床を知って頂きたいと結ばれました。
午後からは、仙台社会保険病院腎臓疾患臨床研究センター長である堀田修先生より「病巣感染と慢性免疫病」”木を見て森も見る”医療の実践と題して講演が行われました。
現在、日本の慢性腎臓病の患者数は約1300万人で、そのうち慢性腎臓病が進行して「透析療法」を受けている人は27万人、国民の500人に1入割合であり、その数は年々増加していると言われるそうです。
IgA腎疾は慢性腎臓病を代表する透析導入の原因としては2番目に多い疾患で最近まで生涯治ることのない不治の病と考えられてきました。氏は日々の診療を通じて多くの IgA 腎疾患者の扁桃に小さな膿点がある事に気づいて1988年より患者に対して、扁摘・ステロイドパルス併用療法を考案、開始したと言う。
これまでに約1500例の IgA 腎症患者に同治療を行い、腎症初期の段階に治療介入を行えば高率に寛解、治癒が得られる事が明らかになっているそうです。
そして、対症療法中心の医療から、単に紹介するのではなくどうしたら患者さんを一番いい状態に持っていけるかディスカションして、歯科・医科の壁を越えて実効ある協働体制が実践された時、“医療の新しいブレークスルー”が始まると力強いメッセージを頂きました。
最後に、片山先生の歯科治療を目標に実践されて来られた、藤巻吾朗先生が登場された。3入の先生方が述べられた如く、W.A.プライス博士、G.E.マイニーの記述にあるように歯科の根管治療は難しく患者さんの免疫力が低下していると病巣感染を引き起こすことになることは事実だが、だから抜いてしまった方が患者さんの為になると言う事は誤解であると述べられました。
そして、両者が本当に言いたかった事は、病巣感染を引き起こす危険性を真正面から受け止め、この問題は「ほんの小さな虫歯とその治療から始まるのだ」ということを、しっかり認識することが重要と強調されました。
すなわち、病巣感染を引き起こさせないように患者さんの抵抗力・免疫力を上げ、安定した健康生活を送るためにはどのようにすれば良いかを、患者さん一人ひとりが学びとることを願って出版されたことであり、是非『虫歯から始まる全身の病気』を読んで欲しいと述べられました。
そして、歯科治療は歯周・歯肉の問題であれ、適法にそってキッチリと治療を行い、局所の病原菌群への対策だけでなく、患者さんの免疫力を増強する手立てがあれば治療効果を一層高めることが出来ることになり、片山恒夫先生はこれをPhysiotherapyと呼んで、口腔管理としてのブラッシングや食育・呼吸法、体操などを患者さんに指導されたことを紹介されました。
そして、藤巻先生は特に具体的な方法として歯科治療は噛み合わせと何らかの関わりを持ち、その正常化をはかり、更に歯ぐきへのブラッシングを通じて、自律神経を健全化させ、心身の健康化を目指し、【医患協働体制】を確立することで、長期安定化を達成させることが出来ると具体例を示して頂きました。
続いてパネルディスカッションにうつり、4人の講師の先生方に参加して頂き、討論が行われました。フロアーからも、ネットでW.A.プライス博士の業績を見つけて歯科疾患が原因だと確信された、小児科医で腎炎の小児に扁摘・ステロイド併用療法に加えて徹底的な歯科治療で実績を上げられた、仙台赤十字病院の永野千代子先生、口腔内細菌特に歯周病原菌とバージャー病の関係などを明らかにされた心臓血管外科専門医の岩井武尚先生など、新しい知見が紹介されました。開業歯科医の側から、新しい根管治療の取り組みとして柏田聡明、宅重豊彦先生の紹介もあり、また、口腔習癖の改善によるロ呼吸の改善例などを、元開冨士夫雄先生が提示下さり、盛りだくさんのシンポジュームは閉幕しました。
虫歯、歯周病は生活習慣病
2007 恒志会会報 Vol.2 より
土居元良:NPO法人恒志会理事長
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恒志会の土居元良理事長に恒志会の活動を紹介していただきました。心ある歯科医の集まりである恒志会は、歯科医であった片山恒夫氏の遺志を継いだ人たちの集まりです。私が、片山氏を知ったのはウェストン・プライスの『Nutrition and Physical Degeneration』(食生活と身体の退化)という本がプライス・ポテンジャー(Price-Pottenger)栄養財団で発行され、その日本語版『食生活と身体の退化』(本誌N0.348号2002年11月号で紹介)があると知って連絡を取ったのが始まりです。虫歯を生活習慣病と捉えて、治療だけでなく食生活や衛生管理を指導し予防を目指した、歯科医療者としては稀な方でした。矯正、インプラント、審美歯科など対症療法的医療や自己負担の治療が増える中、本来の生命力を活かす視点から予防を考える治療は、農業で有機がそうであるように、医療の本流になっていくべきものと思います。互いに役立つことを施しあって、今後とも強いつながりを形成していけたらと願っています。
自然農園/千葉県富里市 科学部 山田勝巳
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近代食で虫歯、歯周病が多発
NPO法人恒志会について紹介させていただきます。開業歯科医であった故片山恒夫先生は、日本では予防が一般的でない時代から、予防の大切さを訴えておられました。一度治療した歯の再治療、やり直しのない歯科医療の確立に生涯をかけられました。
その片山先生の志を継承するために、歯科医療関係者だけではなく、健康に関係するさまざまな人びとの参加を求め、結集して、恒志会が平成16年4月に設立されました。会報『地べたからの想い』を発行しています。ご購読を飲迎いたします。
虫歯、歯周病を生活習慣病と捉えることに大きな意味があります。患者さんの治療参加と生活改善なしには、治癒し、再発を防ぐことはできないのです。
片山恒夫先生は患者さんの治療参加にさまざまな工夫をされましたが、食生活をはじめとする、生活改善の意義を伝えるのに苦労されておりました。見つけられたのが、W・A・プライスの著書でした。プライス博士が世界14カ国を巡り調査され、明らかにされたのは、その土地の食べ物と食べ方から、精白小麦粉、砂糖、缶詰など近代食に移行すると、虫歯、歯周病の多発だけではなく、歯並び、噛み合わせに異常を生じるということです。また、心身にもさまざまな変化を生ずるというものでした。
さらにプライス博士は、牛、羊で実験をして、偏った飼料で飼育した母親から奇形の子供が生まれることを見つけました。奇形の子供も、バランスのとれた飼料と環境で飼育すると、次の世代の子供は健康な子牛、子羊が生まれることを証明しています。奇形は遺伝ではなく、食べ物の影響であることを明らかにしました。
プライス博士の著書『食生活と身体の退化』では、本来の食生活をしている人の顔写真、口腔内写真と、近代食に移行した後の写真を比較して見ることができるように編集されています。500ページに及ぶ書籍です。
片山恒夫先生はこの書籍の重要性を認めて、1978年に翻訳、自費出版されました。日本有機農業研究会の方々にも、ぜひご紹介したい書籍です。
恒志会は、プライス博士の業績を管理継承している「プライス・ポテンジャー栄養財団](PPNF)とは姉妹関係にあります。
近代食で虫歯、歯周病が多発
さて、虫歯の痛みをご経験の方も多いと思います。虫歯は細菌の産生する酸で歯が溶けることから始まります。冷たい物がしみる段階から、熱い物がしみる段階になると歯の神経が腐りかけています。神経を取る治療、歯の中をきれいにする、根管治療が必要になります。歯の神経の入っている根管は非常に複雑な形態をしており、歯科治療の中でも、一番難しい治療です。ですから、虫歯を防ぐ、予防が非常に大切です。
生後6ヵ月頃から乳歯がはえ始めて、3歳頃に20本の乳歯列が完成します。6歳頃から永久歯(大人の歯)が生え始めて、12歳頃に28本の永久歯歯列が完成します。 18歳から20歳頃に親知らずといわれる第3大臼歯がはえてくる方もおられます。親知らずが斜めにはえてきて、歯肉が腫れて痛い思いをした方もおられるでしょう。現代人は、親知らずが咀嚼に関与するようはえてくる人が少なくなっています。食生活の変化から顎が小さくなってきたことが原因と考えられます。
先に虫歯も生活習慣病と記しました。甘いもの、砂糖が原因の第一にあげられますが、広くは火を通した調理、加工食品等、食生活の変化が大きく関与しています。また、歯周病は歯槽膿漏といわれていたもので、歯を支えている顎の骨が溶けていく病気です。歯を失う第一の原因です。
歯を磨いたときに、歯肉から出血する、歯が動いてきた等、ご経験があることでしょう。
歯肉の腫れを繰り返して、よく噛めない状態は病状がかなり進んだ状態です。歯が自然に抜け落ちることも珍しくありません。歯周病の原因も、食生活、ストレスなど生活習慣が大きく関与しています。『健康の輪』(G・T・レンチ著/山田勝巳訳/発行・日本有機農業研究会)のフンザの人びとには無縁の病気だったと考えます。現在、生活習慣病として挙げられる、高血圧、糖尿病、心疾患、脳血管障害などには細菌は関与していません。しかし、虫歯、歯周病には細菌が関与しています。
他の生活習慣病より複雑な発病メカニズムです。歯のまわりの細菌の固まりを歯垢、プラーク、歯くそなどといいます。細菌の種類は数百種といわれ、どなたのロの中にも生息している口腔常在菌です。歯周病ではその菌腫のバランスが崩れています。抗生物質の服用は一時しのぎで、完治しません。歯周病の治療は、歯垢を徹底的に取り除くことが大切です。
歯磨剤を付けないブラッシングを
しかし、何十年もブラッシングをしていて、虫歯、歯周病から縁が切れない原因の一つに、歯磨剤を付けたブラッシングにあると私は考えます。歯磨剤の主成分は中性洗剤です。清涼感を与えるハツカで惑わされていることが多いのです。
歯磨剤を付けないブラッシングの励行をお薦めします。その時唾液がたくさん出てくると思います。その唾液は飲み込んでください。唾液は消炎、免疫物質がたくさん含まれています。唾液は皆さんの血液が唾液腺を透して、有効成分を添加して口に分泌されてきているのです。
ブラッシングは歯と歯肉の境目の歯垢を取ることと、歯肉のマッサージが大切です。時間がかかります。一度鏡でお口を見ながら、丹念にブラッシングしてみて下さい。本当の清潔感を味わって下さい。
さて、口腔の健康には全身の健康確立が必須です。
健康の維持増進には毎日の食生活が重要です。
しかし、せっかくの食材、料理もしっかりと咀嚼しなくてはなりません。ゆっくりと一ロ50回噛みの食事が大切です。入れ歯を入れておられても、よく噛むことが大切です。よく噛むことで、唾液の分泌が促され、胃液、腸液などの分泌へと連なります。体の諸機能は連携しています。口腔だけが健康になることはありません。特定の食べ物だけで、また、サプリメントでは健康が得られないのと同じです。
皆様が作物の全体を食することの重要性を強調されているのに通じます。恒志会は日本有機農業研究会の皆様とは、健康という共通目標でつながると考えています。
恒志会では「学び合う医療・支え合う医療・ほんまもんの医療」を目指しています。
皆様の参加も大歓迎です。心からお待ち申し上げます。
日本有機農業研究会会報「土と健康」2007年10月号より転載
噛むチカラは命の泉
一認知症とのかかわりー
小野塚 實:日本体育大学保健医療学部教授・神奈川歯科大学名誉教授
私は10年ほど前に、ストックホルムにあるノーベル財団のカロリンスカ研究所で「咀嚼と脳の関係」の講演を行った。
その際、認知症ケアの実態を見学して、スウェーデンでの取り組みがとても素晴らしく、感動した。
それは、「ハウジング・ケア」と言って、認知症ケアのスペシャリストと家族、隣人がケアに参加して、認知症の方が一人残らず普通の服を着て、静かな雰囲気の中で落ち着いた生活を続けており、最後の最後まで「普通の生活をしよう」というものであった。
日本でも最近、類似した趣旨で「ハート・リング運動」が展開されている。認知症になってもお互いに認め合い、認知症にやさしい社会をつくるというものである。決して自分で抱え込まない。
認知症患者同士、認知症を抱えている家族や関係者がコミュニケートしてお互いに理解し助け合っていく。もちろん、メンバーにはスペシャリストもいる。人口900万人のスウェーデンだからこそできるという説明だったが、その約14倍の人口の日本でこの取り組みに挑戦することは、認知症が65歳以上の高齢者の10人に1人に発症し、もはや認知症は特別な病気でないことを意味しているのかもしれない。しかし、認知症にならないで黄泉の国に行けることに越したことはない。有吉佐和子の小説「恍惚の人」(1972年、図3)が出版されるまで、わが国では認知症は問題にされていなかったし、認識さえされてなかった。それが今や300万人を超えている。
これまでの認知症研究は、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体性認知症などのメカニズムに関するものがほとんどである。しかし、認知症は一向に減らない。
認知症問題を解決するためには、なぜ認知症が激増したのか?最も重要なのはその謎(背景)を探ることである。
そこで本稿では、「糖尿病の合併症である認知症」と「慢性ストレスによる認知症」に焦点を絞って解説し、次にこれら解決策に「口(噛むチカラ)」が担い手になることを裏付ける研究成果を紹介する。
認知症は豊かな国に発症する
図1は60歳以上の認知症発症率を世界的にみたものである。
数値は2010年度の人口に対する比率であるが、これをみると、アジア・アフリカが低く、次いでヨーロッパ・アメリカ、そして日本は7.9%と最も高い値を示している。しかし、低いアジア・アフリカでも富裕層では6%台に達していると報告されている。つまり認知症は豊かさ故に起こる病気ということになる。
図2は約60年前の日本の姿である。農業人口の占める割合は40%を占め、機械化が殆ど進んでなく、農耕は馬や牛を使った人力だった。田舎も都会も大家族で3世代が普通だった。加えて、冷蔵庫も洗濯機も普及してなく、殆どの国民は低所得で貧しかった。多くの家庭は質素で慎ましやかな生活だった。現在のアジア・アフリカの生活と大差なかった。
そして、認知症の問題は私たちの生活の中に存在していなかった。なのに、なぜ認知症がこんなに激増したのだろうか?
認知症と糖尿病は不思議な関係がある
認知症と糖尿病は不思議な関係がある(図3)。
日本で認知症が認識された1972年以降、認知症疾患数は30年で約20倍、38年で28倍に増加し、一方の糖尿病については1960年以降、37年で34倍、40年で41倍、50年で約53倍に増加している。認知症が豊かさを反映しているとすれば、それを象徴している生活習慣病の最上位にあるのは糖尿病である。
往時には糖尿病患者は稀にしかいなかったし、いたとしても富裕層がほとんどだった。こうしたことから、糖尿病は「ぜいたく病」と呼ばれていた。
また、日本人の糖尿病の90%以上がⅡ型糖尿病である。インスリンに対する抵抗性が高くなって、糖が細脳内に取り込まれにくくなるタイプだ(図4)。これによって、栄養不足になりエネルギー生産が不可能に陥り、細胞が死ぬ。そして組織に壊死が起こるようになる。
脳においても、ご多分に漏れず、同様の変化が起こって神経細胞が死んでしまい、脳萎縮が促進されるようになる。脳萎縮は高齢になれば、誰もが多かれ少なかれ起こる現象であるが、萎縮が顕著になれば必ず認知症に陥る。
これが糖尿病の合併症としての認知症発症の考えである。
認知症は豊かな国に発症する
テキストのセクションを使って自己紹介や、情報の表示、トピックのサマリー、ストーリーの紹介などを表示します。ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。
慢性ストレスによる認知症
多くの人が社会に蔓延しているストレスに曝されながら生活を送っている。換言すれば、「慢性ストレス状態」が現代社会を特徴づけている。
私たちの身体は、ストレスを受けると自律神経やホルモンの分泌に影響を及ぼす。その状態が慢性化すると、交感神経と副交感神経の調和がくずれ、交感神経が優位に働く。これに糖尿病や高LDLコレステロール血症などの生活習慣病が重なると、血管内皮細胞が傷つき動脈硬化が起こり、慢性的な高血圧症になる。
さらに、目頃からストレスをためているとサラサラたった血液がドロドロ状態に変化し粘性が強くなる。
その結果、血栓ができる確率が格段に高まり、場合によっては塞栓が形成されるようになる。いわゆる梗塞である(図5)。脳が梗塞すれば脳梗塞である。生活習慣病を患っていれば、脳梗塞の起こる確率はより一層高まる。
脳梗塞が起これば、梗塞部位から遠位の血管によって供給される栄養や酸素が途絶えるので細胞が壊死する。壊死が広領域に起これば脳萎縮が大きくなり、脳の認知機能が失われて認知症を招く。
脳梗塞の場合、ストレスが直接の引き金となって発症してしまう場合もあれば、ストレスによって動脈硬化や高血圧、肥満などを招き、その結果、脳梗塞を発症させてしまうこともある。
しかし、脳梗塞の多くは無症状で、MRIで観察されても時間の経過とともに画像から消えてしまう(無症候性脳梗塞)。これは見過ごしやすい梗塞であるので、一般的に「隠れ脳梗塞」と呼んでいる。この隠れ脳梗塞が繰り返し発生すると、知らず知らずのうちに認知症に向かっていく。隠れ脳梗塞になるとβアミロイドが沈着しアルツハイマー型の認知症になるという説もある。
図6に隠れ脳梗塞のMRI画像を示した。内側部に白いポツポツが梗塞の起こっている部位である。前述したように、症状が出なく、しばらくすると画像から消えてしまうタイプである。
ストレスはもうひとつ恐ろしいことを脳で起こす。
脳がストレスと感じると、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌される。 ACTHはさらに副腎皮質から糖質コルチコイドの分泌を促進する(図7)。
このホルモンは、ステロイドホルモンで強い抗炎症作用があるが、記憶形成を担っている「海馬」の神経細胞死を引き起こす作用もある。一般的に認知症は、海馬から始まるといわれているが、これには、糖質コルチコイドによる海馬の神経細胞死が大きく係わっている。
半世紀以上の日本に戻れば、おそらく「糖尿病の問題」も「慢性ストレスの問題」も、そして「認知症の問題」も解消されるだろう。
しかし、それは無理な話。でも、何とか対処できる。それは「噛むチカラ」を有効に活用することである。
噛むことと脳の関係については、近年多くのことが解明されているが、“噛むチカラで、糖尿病とストレスを解放し、認知症を防具”、その根拠となる研究成果を以下に述べる。
噛むチカラは糖尿病因子を抑制する
図8左は糖尿病因子であるHbA1cに及ぼすガムチユーイングの影響の結果を示したものである。
被験者は中・高齢者を対象とし、食前にガムチューイングを10分間行うというものである。期間は9週間。このガムチューイングによって、HbA1cは明らかに減少することがわかった。
HbA1c値とは、赤血球中のヘモグロビンのうちどれくらいの割合が糖と結合しているかを示す値である。
日頃の血糖値が高い人はHbA1c値が高くなり、日頃の血糖値が低い人はHbA1c値も低くなる。 HbA1cは過去1ー2ケ月の血糖値の平均を反映して上下するため、血糖コントロール状態の目安となる。
HbA1c値が7%未満を維持できれば合併症は出にくいといわれており、8%(NGSP値)を超えた状態が続くと合併症が起こる可能性がきわめて高くなる。
この合併症の一つが認知症である。
糖尿病患者数が1千万人を超えた今、せめて噛むチカラを有効に活用して合併症の進行を抑制したいものである。
噛むチカラは動脈硬化を抑制する
また、糖尿病では動脈硬化が悪化するが、この動脈硬化を防止する善玉であるアディポネクチンの血中濃度は、図8右に示したように、9週間のガムチューイングで約1.3倍まで濃度が高まるようになる。
言い換えれば、噛むチカラを活用することにより、糖尿病や動脈硬化の予防と改善に顕著な効果が惹起されることが明らかになった。さらに、動脈硬化は隠れ脳梗塞のリスク因子でもあることから、噛んで善玉を増やし認知症予防に努めてもらいたいものである。
子供から高齢者まで、衰えたといわれている「噛むチカラ」をあらためて認識する必要がある。
噛むチカラによるストレス発散
ストレスの脳内機構の概要を図9に示した。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして触覚などの体性感覚、つまり五感情報であるが、この情報が、自分にとって「心地よいもの」か、或いは「不快なもの」か、を振り分けるのが、脳の奥まったところにある、「扁桃体」(丸印中の球状体)である。
そして、これを認識するのが左側の白っぽい領域の「前頭前野」。そして前頭前野と扁桃体は、密に連絡し合っている。
意識的に感情と抑えようとすると、かえってストレスを溜め込んでしまうことは誰もが経験している。これは前頭前野の情報を扁桃体に送ることから、扁桃体活動が増加し、ストレス応答が増強される結果である。
もう一つ、ストレスを感じるとストレス物質の血中濃度が上昇する。心臓ドキドキのアドレナリン、血圧を上げるノルアドレナリン、副腎皮質ホルモンを刺激するACTHの濃度が高まる。
そこで、大音量の非常ベル音をヘッドホーンで聴かせるという「ストレス課題」を与えたときの血中ストレス物質の変化、及びMRIを用いて扁桃体と前頭前野の活動変化を同時に計測した。
図10は血中のストレス物質の変化を示したものである。
ストレス負荷がかかると、アドレナリン、ノルアドレナリン、ACTHとも濃度が上昇した。
しかし、非常ベル音を聞きながらガムチューイングを行うことにより、いずれのストレス物質も濃度の上昇が抑えられることが判明した。
では、扁桃体と前頭前野ではどうだろう?図11及び図12は、縦に切った扁桃体或いは前頭前野を含むMRIの断層像に活動度(BOLDシグナル)をスパーインポーズしたものである。
左は大音量の非常ベル音を聞いているときのもの。右側はガムを噛みながら大音量の非常ベル音を聞いているときのものである。扁桃体活動が格段に小さくなっていることがわかる。同様の結果は前頭前野でも認められた。活動度、ネットワークの大きさとも減少している。
このように、ガムを噛むことで、脳でのストレス回路だけでなく、血中のストレス物質の上昇をも抑えることが明らかになった。ストレスは糖尿病の引き金にもなる。噛むチカラで是非ストレス対策を行ってもらいたい。
以上、噛むチカラで糖尿病の予防或いは改善、さらにストレス発散が惹起されることが明らかになった。これはきわめて新規な発見といえる。
その理由は糖尿病の合併症としての認知症疾患の軽減とストレス性に起こる認知症疾患の軽減に繋がり、きわめて重要な意味をもつからである。
頭頚部、食道がんの術後合併症の減少や、胃がん、大腸がん、前立腺がんの術後在院日数の短縮が口腔ケアにより誘起されることが解明され、口腔ケアが保険適用になった。
噛むチカラの活用が重篤な現代病である糖尿病、ストレス、認知症の予防と治療に役立つことが判明した以上、咀嚼指導が保険適用になることに大いに期待したい。
健 康 長 寿
口腔医はどこまで 『健康長寿』に係われるのか
2013 Vol.8 より
恒志会常務理事 沖 淳
2013年5月にWHOから平均寿命ランキングが発表されました。日本人の平均寿命は83歳、 194カ国中第1位、主要国における平均寿命世界一を守っています。
WHOは「健康寿命」という言葉を2000年に公表しました。厚生労働省が国民の健康増進を図るための指針を発表し、本年4月より開始された『健 康日本21』(第2次)には「健康寿命の延伸」と「健康格差の縮小」が目標の中に盛り込まれています。 健康寿命とは健康で、支障なく日常の生活を送ることができる期間を指す、つまり生活の質(QOL) を重視する概念です。
2010年に厚生労働省が初めて健康寿命の推計値を公表し、平均値男性70.42歳、女性73.62歳。同じ年の平均寿命と比べてみると健康寿命は男性が 約9年、女性が約12年短い。この差をいかに小さくし健康寿命を延ばしていけるかが、医療関係者 の社会的使命ともいえるでしょう。
恒志会の生みの親、故片山恒夫先生はいち早く 歯科医療に治療のほかに予防を重視し、生涯に亘る健康を達成するための医療を目指されました。 そのためには、とことん病因を探求し、除去することでした。
そこには食生活を始め生活習慣が深くかかわっていることを見抜き、病因除去法として多方面からの工夫を重ね口腔医として健康長寿づくりに寄与されました。
生活改善、とくに食習慣改善指導を臨床の重点項目にしてこられた先見性には、ただ驚くばかりです。
人口激減時代に突入し30年後、2010年と比べると15歳から65歳までの現役世代は29%減少し、75 歳以上の後期高齢者は57%ほぼ確実に増えることがわかっています。
2030年の平均年齢は51.4歳まで急上昇します。 3人に一人が 6 5歳以上の高齢者になる2030年問題 。 日本が世界で最初の幸せな長寿国家になるのか、 またその逆になるのか世界の注目を集めています。 義歯が入っただけで本当に「健康長寿の延伸」 が可能なのでしょうか。目指す「口腔機能」とは一体どんなことなのでしょうか。
正しい食生活の指導、健全な口腔機能確立などは口腔医として社会に貢献できる大切な分野で す。暗いイメージばかりが漂う超高齢化社会を幸せな長寿社会に変えるために異分野の人々とも連 携しながら明るい長寿社会をどのように達成していくか、急がなくてはならない問題が山積してい ます。
「健康寿命の延伸」に多岐にわたり深く係わることができる口腔医の役割は、非常に重要かつ責任も重いのではないかと思います。
世界調査でわかった 自分でつくれる健康長寿
健康長寿の秘訣 食生活と健全な口腔機能
ー科学的根拠からの検証一
2013 vol.8 より
家森 幸男 京都大学名誉教授・武庫川女子大学教授・国際健康開発研究所所長
生活習慣病は食生活で予防できる日本人の平均寿命は昨年香港にトップの座を譲ったが、特に女性は過去20数年、世界一であっ た。しかし、現実は脳卒中による寝たきりや認知症などの病気に苦しんでいる高齢者は多く、自立性を保てる健康寿命は平均年齢よりも男女平均して10年も短い。まさに「人は血管とともに老いる」 といわれるように、高齢化社会を迎え、血管病、 すなわち循環器疾患を主にした「生活習慣病」の 予防はますます重要になっている。最近の基礎研究や疫学調査などで循環器疾患や糖尿病、骨粗鬆症などは、まさに食生活によって予防が可能であることがわかってきた。
日本では従来、脳血管障害としては脳出血が多かったが、近年は脳梗塞からの認知症という経過で多くの高齢者の健康が損なわれている。脳血管障害の最大の危険因子は、高血圧である。日本では極めて多く、年齢とともに増加し、60歳代、70 歳代になると3分の2の人の血圧が異常で治療も必要となっている。このように高血圧の頻度が多 く、それによる脳卒中で、寝たきりや認知症がま すます増え、高齢者のQOL(生命の質)が大きく損なわれている日本は、単に平均寿命の長い“長 命国”であっても“長寿国”とはいえない。
日本における循環器疾患の研究は、私どもが京大で成功した脳卒中易発症ラットなどのモデル動物の開発によって大きな進展を遂げてきた。また、このモデル動物は骨粗鬆症の自然発症モデルとしても注目され、1996年にはNASAのスペース シャトルによる日米の共同研究にも取り上げられ た。遺伝的に100%脳卒中になるこのラットでさえ、大豆や魚のたんぱく質を充分与え野菜、果物に多いカリウムや食物繊維を充分とらせ、さらに海藻に多いマグネシウム、乳製品に多いカルシウ ムで脳卒中が予防出来、さらに、それに大豆製品に多い女性ホルモン様の作用のあるイソフラボンを摂取すれば、骨粗鬆症の予防も可能であることがわかってきた。
高齢者に多い循環器系疾患や骨粗鬆症などはたとえ遺伝因子があっても食事などでコントロールしうる明るい見通しが出てきた。 高血圧や血栓症は、脳卒中、脳血管性認知症へと導く疾患である。これは脳の中の小動脈(穿通枝動脈)の壊死や血栓が原因となって脳出血や脳梗塞が生じるためである。一方、高脂血症の場合にはコレステロールが関係し、粥状動脈硬化が冠動脈などに起こりやすく血栓症をともなって心筋梗塞を招く。脳底部の血管(皮質枝)などにも粥状硬化が起こり、脳梗塞の原因となる。このように脳梗塞や心筋梗塞は、ともに血栓症が関係して いる。
高血圧、高脂血症、血栓症には栄養因子として塩分が関係することを実験的にも確認した。塩分は血圧を上げ、腸管からのコレステロール吸収を高めて高脂血症を起こす。さらには血液が固まるときに重要な血小板の働きを高めて血栓症の原因にもなる。しかし、環境因子としての塩分の害に対して動物実験ではカリウム、カルシウム、マグネシウムが拮抗的に作用することが確かめられ た。このほかに塩分に対抗する食品としては食物繊維があげられる。食物繊維はナトリウムを吸着し脳卒中を防ぎ、またコレステロールを吸着し動脈硬化を防止する。さらに、糖分を吸着して糖尿 病の予防にも役立っている。そしてたんぱく質は、 その代謝産物である尿素が塩分の尿への排泄を促進することもわかっている。また、たんぱく質の構成するアミノ酸には、アルギニンのように血管 内皮細胞で血管拡張物質を産出するのに役立つものがあり、タウリンなどは高血圧を抑制し、高脂血症を抑制する作用もある。栄養のバランスを良好に保てば、脳卒中易発症ラットのような遺伝素 因の強いラットでさえ、脳卒中の発症は予防出来 る。
世界の人々の食と健康
このように見ると、人の食生活にも良質のたんぱく質やカルシウムを豊富に含む牛乳や、食物繊維やカリウムの多い野菜、果物、さらにマグネシウムも多い海藻などは、まさに循環器疾患予防のために欠かすことができない食品ということができる。しかし、このことは人では実験をして証明することはできない。そんなわけで、世界中で多くの民族、さまざまな地方の住民がいろいろな食 生活をしているが、循環器疾患とどのような関係があるかを調べれば、食事による循環器疾患の予防指針が得られるはずだと考えた。
そこで、WHO(世界保健機関)の協力を得て、 1983年以来、世界25カ国60以上の地域で疫学調査(WHO CARDIAC研究)を実施し、循環器疾患と栄養との関係を調べた。この研究は24時間尿や血液の中の各種の栄養の生物学的マーカーの分析によって栄養と高血圧や脳卒中、心筋梗塞などの関係を精査した最初の世界的規模の研究である。
世界に学ぶ長寿食とは
その結果、24時間尿中に、食塩特にナトリウムが多いほど血圧は高く、したがって脳卒中による 死亡も多いこと、逆に24時間尿中にマグネシウムや、蛋白質の摂取量を示す尿素が多いほど、血圧が低いことも確かめられた。そして、血液のコレステロール値は少なすぎると脳卒中、多すぎると心筋梗塞が増え、100ml中に180-200mgの中庸の値で両方の死亡率が最低となることがわかっ た。さらに大豆や魚介類摂取のマーカーである24 時間尿中のイソフラボンやタウリンが多いほど、また、血液中の燐脂質の脂肪酸中に魚介類に多い EPA、DHAなどオメガ3系多価不飽和脂肪酸が多いほど、心筋梗塞も少ないことがはっきりとわかってきた。
さらに、この世界各国の調査地域の中で1990年代のはじめに世界一の平均寿命となっていた沖縄の人々では、まさに食塩の摂取は少なく、大豆は充分摂取し、魚介類も適量取っているので、血液 のコレステロールレベルは中庸で、脳卒中、心筋梗塞がともに少なく、まさに沖縄の食事の特色が長寿を支えていることがわかった。
この沖縄からハワイやブラジルに移住した日系人と沖縄の方々を比較して、遺伝以上に食環境、 とりわけ沖縄に見られるような日本食が長寿にとって重要であることが確かめられた。ハワイへ移住した人々は、食塩摂取が減り、たんぱく質やカリウムの摂取は増え、魚や大豆、海藻を食べるという日本的食生活が保たれていたために、1980 年代にすでに世界一の平均寿命に到達した。一 方、ブラジルでもカンポグランデなどの内陸部では、日本的食生活は失われ、心筋梗塞は増え、平均寿命が17年近くも短くなっていた。そこで、高血圧、高脂血症肥満などリスクの高いブラジル、 カンポグランデ在住の50歳代前半の日系人100人 に魚(DHA3g/日)、大豆(イソフラボン40mg/ 日)、海藻(わかめ粉末5g/日)を10週間にわたって食事と一緒に摂取してもらったところ、血圧や血中コレステロール値は低下し、さらに骨からのカルシウムの吸収が抑制された。さらに日常的に食べるパン食に大豆たんぱく質(25g/日)又は、 魚のDHA(2g/日)を入れ、ブラジルやハワイ在住の日系人や、ヨーロッパでは心筋梗塞のリスクが高く平均寿命の短いスコットランドの50歳代 前半の男女、そして世界一生活習慣病者の多いオーストラリアの先住民の方々に4週間から8週 間食べてもらったところ血圧や血清コレステロール値は有意に低下した。
典型的な日本食の中の栄養源が、まさに循環器疾患や骨粗鬆症など「生活習慣病」の予防に有効であると証明された。
今や日本の食文化を見直すことが長寿の鍵といえる。米食を中心としてカロリーの半分を取り、 魚介類を一週間に主菜として4、5回は食べて、 交感神経の過剰な興奮を抑え、ストレスにも強くなれるタウリンや血栓症を防ぐオメガ3系多価不飽和脂肪酸を摂取し、大豆食は乾燥大豆にして75 gを毎日摂取し、血管を拡張させ、血栓を予防するイソフラボンやコレステロールを低下させる大 豆の蛋白質を充分にとり、さらに海藻や野菜・果物から食物繊維やマグネシウム、カリウム、カルシウムをとれば健やかな長寿を確実に全うできると期待される。
さらに近年、遺伝子学の方法論がすすみ、私共の手によってモデル動物の高血圧や脳卒中の遺伝子座位もわかってきている。しかし遺伝素因があるからといってあきらめる必要はない。それをポジティブに活用し、疾患が遺伝子によって予知できれば、早くから予防が始められる。たとえ遺伝的に100%脳卒中・骨粗鬆症を発症する脳卒中ラットでさえ、これらの疾患は確実に食事によって予 防できるのである。栄養には遺伝子を越える“ゲノムプラス”の力のあることがわかって来た。予知から予防への医学、これは「未病を癒す」という中国医学の根本思想である。日本食は塩分過剰 やカルシウム不足の2大デメリットを改めれば世界の長寿食に最も近く、それを自ら実践していくことが循環器疾患をはじめとする「生活習慣病」 を克服して健やかな長寿を実現する“王道”である。
今や健康長寿は自分でつくれるのである。
現 職
WHO循環器疾患専門委員 京都大学名誉教授
武庫川女子大学国際健康開発研究所所長 財団法人兵庫県健康財団会長 財団法人生産開発科学研究所学術顧問 財団法人生産開発科学研究所予防栄養医学研究室室長 島根医科大学名誉教授略 歴
昭和37年3月(1962年)京都大学医学部卒業
昭和42年3月(1967年)京都大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士
昭和44年2月(1969年)米国国立医学研究所客員研究員
昭和50年4月(1975年)京都大学医学部助教授
昭和52年4月(1977年)島根医科大学教授
平成4年10月(1992年)京都大学大学院人間・環境学研究科教授
平成4年10月(1992年)島根医科大学名誉教授
平成11年4月(1999年)財団法人生産開発科学研究所学術顧問
平成13年4月(2001年)京都大学名誉教授、兵庫県健康財団会長
平成18年1月(2006年)武庫川女子大学教授 国際健康開発研究所所長
主な著書
原著論文(英文)約600編。一般書に、『世界の長寿レシピ』(主婦の友社)、『Dr.Yamoriの長寿 食のススメ』(淡交社)『カスピ海ヨーグルトの真実』(法研)、『カスピ海豆乳ヨーグルトダイエッ トレシピ』(法研)、『やっぱりすごい!カスピ海ヨーグルトの健康力』(法研)、『大豆ダイエット レシピ』(法研)、『栄養学のABC』(朝日新聞社)、『110歳まで生きられる!脳と心で楽しむ食生活』
(NHK出版)、『「長寿食」世界探険記』(筑摩書房)、『食でつくる長寿力』(日本経済新聞出版社)、 『遺伝子が喜ぶ長生きごはん』(朝日新聞出版)、『ついに突きとめた究極の長寿食』(洋泉社)、『世 界一長寿な都市はどこにある?』(岩波書店)、『大豆は世界を救う』(法研)、ゲノムプラスの栄養学: 学習編(武庫川女子大学出版部)など。
受 賞
昭和50年(1975年) 第1回科学技術庁長官賞受賞
昭和52年(1977年)日本脳卒中学会賞(草野賞)受賞
昭和57年(1982年)米国心臓学会高血圧賞(CIBA賞)受賞
昭和58年(1983年)日本循環器学会賞(佐藤賞)受賞
昭和60年(1985年)美原脳血管障害研究振興基金美原賞受賞
昭和60年(1985年)上原生命記念科学振興財団上原賞受賞
平成3年(1991年)フランス文部省、クロードベルナール(リヨン)大学名誉博士号授与
平成3年(1991年)全国日本学士会アカデミア賞受賞 平成4年(1992年)岡本賞(国際賞)受賞
平成5年(1993年)ベルツ賞受賞
平成10年(1998年)紫綬褒章受章平成16年(2004年)第2回杉田玄白賞受賞
平成20年(2008年)日本高血圧学会特別功労賞受賞
平成24年(2012年)瑞宝中受章
生存を維持しQOLを高めるために必要な口腔ケア
2016 vol.11 より
星 旦二 首都大学東京名誉教授・医師
かかりつけ歯科医師がいると長生きだ 私たちは、 都市郊外A市の6 5歳以上高齢 者を6年間追跡し、 かかりつけ歯科医がいる人ほど、その6年後の生存が男女ともに維持されることを世界で初めて明確にしてきました(図1)。調査の対象と方法
調査対象者は、東京都港区芝歯科医師会会員42 歯科医院を受診した10歳から95歳までの2,900人とし まし た 。 調査方法は 、自記 式質問紙調査ととも に 、 歯科医師による口腔内診査を行いました。
有効回答数2,745人を分析対象としました。平均年齢は52.3歳でした。2012年には、2,745人の中の450 人に対して、QOLを規定する要因を明確にするため に、食の豊かさを追加して追跡調査を実施し、口腔ケアと口腔衛生と食の豊かさと主観的健康感や生活満足 度との因果構造を解析しました 。 生存調査は 、 初期調査から約7年後の2015年3月31日までの生存と死亡の状況と死亡日を、歯科医院の受診状況と電話などによって明確にしました。
調査内容は、自記式質問票の調査項目は、性と年齢、主観的健康感、生活満足感、歯間清掃用具(歯間ブラシやフロスなど)使用状況です。引き続き、 歯科医師によって実施した口腔内診査として、現在歯数、口腔清掃状態、歯肉状態、受診状況を調査しました。
QOLは口腔ケアを背景とし その後の食生活を維持させていました
歯科医院を受診した2012年の“QOL”は、4年前の“口腔ケア”が“口腔衛生”を維持させ、4年後の“食生活”を経由して規定されることが示されました。 4年後の“QOL”は、口腔ケアと豊かな食に支えられる因果構造が世界で初めて明確にされました(図3) 。
これからの研究課題
本研究では 、 歯科医院を予防目的で定期的に受診する行動は、口腔衛生状態を望ましくすると共に、 食の豊かさを経て、主観的健康感や生活満足度と関連するQOLを維持増進させている可能性があり、最 終的には生存維持と生存日数の延伸に関連する因果構造が示されました。しかしながら、生存維持を説明する決定係数が小さいことから、生存追跡期間を延長した解析が今後の研究課題です。
参考文献
・ The Effects of Family Dentists on Survival in the Urban Community-dwelling Elderly. American Journal of Medicine and Medical Sciences 2013; 3(6),156-165, R. Tano, T. Hoshi, T. Takahashi
・なぜ「かかりつけ歯科医」のいる人 は長寿なのか?:星 旦二 港区芝歯 科医師会・芝エビ研究会ワニブックス
【PLUS】新書
港区芝歯科医師会芝エビ研究会の皆さ まに感謝いたします。
星 旦二 1) 矢吹義秀 2) 小林憲司 2) 福澤洋一 2) 古藤真実 2) 長井博昭 2) 西辻直之 2) 和田奈都野 2) 牧野寛 2) 中曽根隆一 2) 木村 充 2) 田野ルミ 3) 井上和男 4) 1)首都大学東京・都市環境学部,2)(公 社)東京都港区芝歯科医師会,3)埼玉 県立大学・保健医療福祉学部,4)帝京 大学ちば総合医療センター地域医療学図1:かかりつけ歯科医師がいると長生きだ
私たちは、都市郊外A市の65歳以上の高齢者6年間追跡し、かかりつけ歯科医がいる人ほど、その6年後の生存が男女ともに維持されることを世界で初めて明確にしてきました。
図2:生存が維持されるメカニズムは何だろうか
かかりつけ歯科医師がいるとなぜ故に、その後の生存が維持されるのかについて、東京都港区歯科医師会の協力を得て、2008年より歯科医院受診者を対象に継続的な調査を実施してきました。その研究仮設モデルです。
図3:口腔ケアと食生活と4年後QOL因果構造
図4:口腔清掃状況と7年後累積生存率
図5:生存日数を規定する各要因の因果構造
特別寄稿
健康と歯科
2016 vol.11
横浜市開業・歯科医師・加藤塾(全国訪問歯科研究会)主宰 加藤武彦
私はこのようなテーマで原稿依頼を受けたのは初めてです。
考えてみれば、歯科が存在する意義は、「口から食物を食べ、栄養として取り入れ、体の健康に寄与する」学問なはずです。
ところが、今の歯科医学・歯科医学教育を見るに、いかに歯牙や歯周組織を治療するか、その治療方法を言い換えれば、「作り方教室」に終始している感は否めません。先端技術と称して CAD/CAM やインプラントが、商業雑誌を賑わせているのが現状です。
現在の超高齢社会において、我々歯科界が求められている最近の考え方は、「オーラルフレイル」というものです。
これは、今まで健常に食べられていた人が、「口から食べることに少しの異常をきたし、硬いものが食べられなくなったり、むせや、滑舌の低下」 などが起こり始めた時に、その歯科治療をしっかり行い、機能低下をしている口腔を、口腔ケア・口腔リハビリそして食生活・栄養の指導を行ったうえで、従来の健康体に戻して差し上げる。
そのことが、いわゆる「要介護・寝たきり」を予防することに通じ、ひいては「健康寿命の延伸」に通じるという「介護予防」が重要なテーマです。
また、それ以上に症状の進んだ患者さんには「かかりつけ歯科医」として、今まで診ていた人が来られなくなったら、診察に行って差し上げ、 食べるところまでを見ることが、社会から求められております。
この様に、来院出来ない患者さんは、多かれ少なかれ、認知症の方もおられます。歯科医学教育の中で、認知症や障害者に対する教育がされている学校・学部は少ないと聞いております。
認知症の末期になれば、義歯を外して呼吸管理が主になることもありますが、施設や家族から依頼される患者さんの多くは、義歯を 入れ、口腔ケアをして食べられるようになれば、元気になれる程度の認知症の方が多いです。
私の経験でも、義歯治療の結果、食べられるようになることによって、健康の回復はさることながら、今まで介護者を困らせていた、BPSD(周辺症状)がぴたりと止り、介護が楽になったと家族から喜ばれた症例は多くあります。いかに口から食べることが体の健康だけでなく、精神的安定をもたらすかということだと思います。
それともう一つ大きな問題は、食べたいがために作ってもらった義歯が、落ちたり浮き上がったり、噛むと痛いといって使えない、そして、とどのつまりは、食事のときに外していることであり、そのことについて、私のところにNHKが取材に参りました。
その原因の一つが、80年前の高齢者の顎堤が十分にあった時代の、ギージー歯槽頂間線法則で、今なお29校の歯科大学が教育していることです。
今の100歳高齢者は、下顎はまっ平ら、下顎のアーチに対して上顎のアーチが小さい、これに歯槽頂間線法則で人工歯を排列すると、舌房が狭くなり「耐えられない」義歯になります。
このような体験から、エディンバラ大学のワット先生などが唱える「天然歯が元々あった位置」に人工歯を排列する「ニュートラルゾーン理論テクニックによるデンチャースペース義歯」に作り変え、患者に喜んでもらっています。
大学教育も時代の変化に合わせて、変わってもらいたいものです。
また、歯科大学実技教育の軽視による、手の動かない歯科医が多くなっていますが、医科・介護界から「この人を食べられるようにしてください」と言われたときに、その場で床を伸ばし、吸着をもたせたうえで、咬合調整を行い、食べるところまで見る診療が出来なければならないと思います。
私の提言
- 大学は国家試験だけを目標とせず、臨床に出て役立つ歯科医を育てるために、実技実習の教育に力を入れてもらいたいと思います。
- そもそも、大学とは「勉強の仕方」を教えるところだと思いますが、卒業後の長い臨床経験を、常に自分の資質の向上に役立てる必要があり、「良く観察」をし、「良く考える」ために、レントゲン一枚をシャープに撮影し、10年20年後にもあせない現像をしさらに写真で症例をしっかりと記録し、その治療の結果を検証出来るような教育をしてもらいたいものです。
- 各県の歯科医師会や同窓会の講演会のテーマは、大学教育では手のまわらない介護や認知症などの問題など、社会が必要としている喫緊のテーマを取り上げて欲しいです。
- また、新卒の歯科医の就活時の選定基準は、上記のような記録をしっかり取った臨床を行い、良く指導してくれるところを選ぶべきです。 最初に勤めたところにより、その人の人生が左右されると思います。
以上、55年の臨床経験から、歯科界及び歯学教 育がこうあってほしいと述べさせていただきました。
このようなことが、「歯科と健康」に私は通じると思うからです。
神奈川県藤沢市出身
1961年(昭和36年)東京歯科大学卒業1964年(昭和39年)日吉本町にて開業
・加藤塾(全国訪問歯科研究会)主宰
・在宅ケアを支える診療所 市民全国ネットワーク 歯科部会 会員執筆書籍
共著 『食べられる口づくり 口腔ケア&義歯』DVD付(医歯薬出版)2007
編著 『食べる機能を回復する口腔ケア』(医歯薬出版)2003
著書 『治療用義歯を応用した総義歯の臨床』(医歯薬出版)2002
共著 『口から食べることへの支援 ―要介護高齢者の口腔ケア―』(環境新聞社)2002編著 『口腔ケアの最前線』(雲母書房)1998
Writer profiles
押村 進
名古屋市 おしむら歯科・歯学博士
高橋 慎一
東京歯科大学市川総合病院皮膚科
杉本 叡
大阪府柏原市開業・歯科医師
土居 元良
NPO恒志会理事長・歯科医師
小野塚 實
日本体育大学保健医療学部教授
神奈川歯科大学名誉教授
日本体育大学保健医療学部教授 日体柔整専門学校校長 咀嚼と脳の研究所所長 神奈川歯科大学名誉教授 専門は脳神経科学。医学博士、理学博士1946年生まれ。72年東邦大学卒業後、神奈川歯科大学に勤務。82年米国ワシントン大学でてんかんの研究に従 事。86年岐阜大学医学部に移り、認知症予防の神経科学的研究を行い、89年には記憶研究の国際プロジェクトに 参画するために再びワシントン大学に招聘された。岐阜大学医学部助教授を経て、2003年より神奈川歯科大学 教授。2004年公益法人8020推進財団理事。日本組織化学会論文賞を受賞(2000年)。William J. Gies Award(JDR)(2004年)受賞。NHK日曜フォーラム、NHKラジオ深夜便などに出演。
著書に「Novel Trends in Brain Science」(Springer)、「噛むチカラで脳を守る」(健康と良い友だち社)、「噛むチカラで肥満を防ぐ」(健康と良 い友だち社)、「噛むチカラでストレスに勝つ」(健康と良い友だち社)、「噛めば脳が若返る」(PHP研究所)、「認知 症を“噛む力”で治す」(SB Creative)がある。
形浦 昭克
札幌医科大学 名誉教授
生年月日:昭和8年11月4日(74歳)
昭和33年3月:札幌医科大学卒業
昭和33年4月:日本赤十字旭川病院にて実地修練
昭和34年7月:医師免許証取得
昭和38年3月:札幌医科大学大学院修了、医学博士学位授与
昭和42年8月:札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室講師
昭和43年8月:フィンランド、ヘルシン牛大学耳鼻科病院留学
昭和44年8月:札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室肋教授
昭和50年5月:札幌医科大学耳鼻咽喉科学教室教授
平成 8年3月:札幌医科大学付属病院院長
平成 8年4月:札幌医科大学評議員
平成 11年3月:札幌医科大学定年退職
平成 11年4月:札幌医科大学名誉教授
平成 11年4月:札幌鉄道病院副院長、顧問
平成 16年4月:札幌鉄道病院退職
平成 17年5月:社会福祉法人札幌怨言会 特別養護老人ホーム診察室長奥田 克爾
東京歯科大学 名誉教授
1968年 東京歯科大学卒業
1968年 東京歯科大学微生物学講座助手・講師・助教授経て1989年教授
1978年 スウェーデン政府留学生としてカロリンスカ大学・歯学部・齲蝕学に留学
1979年 米国NIH Fogarty Fellowとしてニューヨーク州立大学・バッファロー校 歯周病学研究センターに留学
1993年 厚生省長寿科学研究主任研究員(6年間)
2001年 東京歯科大学大学院研究科長(6年間)
2008年 東京歯科大学名誉教授
2008年 平成帝京大学薬学部教授(2019年まで)
現在千葉県立保健医療大学講師
家森 幸男
京都大学名誉教授・武庫川女子大学教授
国際健康開発研究所所長
昭和37年3月(1962年)京都大学医学部卒業
昭和42年3月(1967年)京都大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士
昭和44年2月(1969年)米国国立医学研究所客員研究員
昭和50年4月(1975年)京都大学医学部助教授
昭和52年4月(1977年)島根医科大学教授
平成4年10月(1992年)京都大学大学院人間・環境学研究科教授
平成4年10月(1992年)島根医科大学名誉教授
平成11年4月(1999年)財団法人生産開発科学研究所学術顧問
平成13年4月(2001年)京都大学名誉教授、兵庫県健康財団会長
平成18年1月(2006年)武庫川女子大学教授 国際健康開発研究所所長
星 旦二
首都大学東京名誉教授 ・医師
1950年 福島県南会津郡田島町針生生まれ
1967年 福島県立会津工業高校中退1971年 福島県立会津高校卒業
1978年 福島県立医科大学卒業
1981年 東京大学医学部公衆衛生学研究生入学
1987年 医学博士(東京大学 医博第8461号)
1997年 英国ロンドン大学・熱帯医学公衆衛生大学院留学
加藤武彦
横浜市開業・歯科医師・加藤塾(全国訪問歯科研究会)主宰
神奈川県藤沢市出身
1961年(昭和36年)東京歯科大学卒業1964年(昭和39年)日吉本町にて開業
・加藤塾(全国訪問歯科研究会)主宰
・在宅ケアを支える診療所 市民全国ネットワーク 歯科部会 会員執筆書籍
共著 『食べられる口づくり 口腔ケア&義歯』DVD付(医歯薬出版)2007
編著 『食べる機能を回復する口腔ケア』(医歯薬出版)2003
著書 『治療用義歯を応用した総義歯の臨床』(医歯薬出版)2002
共著 『口から食べることへの支援 ―要介護高齢者の口腔ケア―』(環境新聞社)2002編著 『口腔ケアの最前線』(雲母書房)1998
ジャンルごとに分類してあります
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